足りないものは…(7)
寛貴の夕飯を作ってすぐにタクシーで家に帰ると葵はまだ帰っていなかった。
葵も熱を出しているかもしれない。そう思って体が温まるご飯を作って待っていると玄関のドアが開いた。
「おかえり!」
「ただいま。早かったんだな」
「うん。葵も早かったね」
葵の背中に向かって「うがいしてね」と言うと素直に頷いていた。
やっぱり風邪をもらってきた?
食事を終えて葵の隣で編み物をしていると、少し辛そうに水を飲んでいるのが見えた。
喉、痛いの?
「葵、今日は早く寝た方がいいよ」
キャビネットから風邪薬を取り出して葵の前に置くと、怪訝な顔をして私を見ていた。
「…なんで風邪気味だって分かるんだよ」
「寛貴も熱を出したから。昨日一緒だったんでしょ?」
額に手を当てて首元に手を当てるとまだ熱くは無かった。でも水を飲むのが辛いなら喉が腫れてきたんだよね?
薬のカプセルを葵の手の上に乗せて編み物を続けていると、視線を感じた。
葵が私をジーッと見ている。
「…藤島から聞いたのか?」
「うん。今日、学校を休んだけどだいぶ良くなったよ。葵も酷くならないように薬飲んで寝て?」
「梨桜、どういうことだよ」
急に声が固くなり、どうしたんだろうと顔を上げると怖い顔をして私を見ていた。
「葵?」
どうしてそんなに怖い顔をしているの?
「おまえ…藤島と付き合い始めたのか?」
いつか話さなきゃ。
そう思っていたけれど、いきなり言われて何から話そうかと考えてしまう。
「答えろよ」
私が答えないでいるとますます不機嫌になってしまい、余計にどう話そうかと迷ってしまう。
「葵、あのね」
「…別れろ」
突然言われた言葉が信じられなくて呆然としているともう一度「藤島と別れろ」と言われた。
「やだよ…どうして?」
首を横に振ると鋭い目で私を睨んでいた。
仲が悪いのは知っているけど、『別れろ』なんて酷過ぎる。
「アイツじゃなくてもいいだろ」
その言葉にムッとして葵を見ると、更に鋭い目で私を見た。
誰でもいいような言い方しないで!
「そういう言い方しなくてもいいでしょう?どうして葵が勝手に決めるのよ」
互いに嫌っているのは分かってるけど、私まで巻き込まないで。
「ムカつくんだよ。何で梨桜がアイツと付き合うんだよ!」
葵の言葉が私の神経を逆撫でしていく。…ああ、もう駄目。私も葵も止まらない。
「私が誰を好きになったっていいでしょう!?」
「仲が悪いチームだって知ってんだろ!」
「私はチームに入ってない」
「ふざけんな、最初に関わるなって言っただろ!」
お願い、誰か止めて。
「自分の都合ばかり押し付けないで!!」
頭ではこんな言い合いをしても意味がないって分かっているのに、私も葵も止められなくなっていた。
「私が決める事だよ」
葵を睨み返すとテーブルをバン!と叩き立ち上がった。
「勝手にしろ!!」
乱暴に玄関のドアを閉めて…出て行ってしまった。
「バカ…」
こんな筈じゃなかったのに…
チームなんてどうでもいいんだよ!どうして下らない事にこだわるの…
・・――――
――――・・
――3日――
葵が家を飛び出してからもう3日が経った。
愁君に会ってお詫びをしようと思ったら慰められてしまった。
「ごめんね愁君」
葵が転がり込んでいるのは愁君の家。
風邪気味だった葵は案の定熱を出したらしく、昨日は学校を休んだらしい。
「オレなら気にしないで。葵も梨桜ちゃんに男が出来て拗ねて意地になっているだけだから。落ち着いたら帰ると思うよ」
私と寛貴が付き合っている事を知ったら不満を爆発させた葵。
葵は寛貴が嫌い。
寛貴も葵が嫌い。
葵が家を出て行ったことを寛貴達には言えないでいた。
言ったら騒ぎが大きくなってしまうし、双子の喧嘩なんて恥ずかしい…
「そんな顔をしないで、誰でも同じだよ。藤島だからこれで済んでいるのかもしれないしね」
「どういうこと?」
「普通の男だったら葵に潰されてるだろ。藤島だからそれが無いんだよ」
それってあまり考えたくないけど…
「寛貴じゃなかったら、私の彼氏は葵に脅されて潰されるっていうこと?」
「葵が自分以下の男と付き合うのを許すわけないだろ?その点、藤島なら葵と互角にやり合うだろうからね」
ニッコリと笑って言われて力が抜けた。
葵、バカだよ。それじゃ、ただのシスコンだよ!
「それより、梨桜ちゃん顔色があまり良くないみたいだけど」
「風邪気味なだけだよ。葵と寛貴の風邪をもらったのかもね」
葵が出て行ってからあまり調子が良くなくて、体がだるい日が続いている。
「それって性質が悪そうだな」
「愁君に移せば治るかもね」
「遠慮しておく」
愁君とのやり取りはいつも通りなのに、居て当たり前の葵がいない。
風邪は抜けきらないし葵はいないし…イライラが頂点に達しようとしていた。
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