足りないものは…(4)
朝、学校に着いてから授業が始まるまでの時間も編み物の時間。
「梨桜ちゃん一生懸命だね」
「うん」
麗香ちゃんが「そうやるんだ~」と私の手元を眺めていた。
昨日決めたの、早く編み終わらせて寛貴の分も編もうって…着てくれるかどうか分からないけど、寛貴の為に編みたくなったの。
「梨桜ちゃん、携帯鳴ってるよ」
教えてもらってメールを確認したら…
――熱が出たから休む。帰りは拓弥に送ってもらえ――
授業が始まる直前に届いたメール。
いつも心配をかける事はあっても、私が心配する事は無いに等しい寛貴が熱を出した…
“大丈夫なの?”
“病院に行った?”
高熱を出す時の辛さは誰よりも分かっているつもり。
“寛貴、大丈夫?”
休み時間に送ったメールの返事を次の休み時間に確認するけれど、返事は帰って来ない。
素っ気なくても必ず返事をくれるのに…今日の寛貴は返事をくれない。
すっごく心配!!家の中で倒れてたらどうしよう…
「それで一人でここまで来たのか?寛貴に一人で来るなって言われてるだろ?」
心配だったから…駄目だと言われていたけれど、一人で二年の教室に来てしまった。
「おいで」と言われてまた教室の中に入ってしまったけれど、寛貴がいないココに居ても寂しい。
「ガキじゃないんだから大丈夫だろ」
拓弥君はあまり心配していないみたいだけど、熱を出すのって辛いんだよ?
「だって…寛貴からメールが返って来ないんだもん。家の中で倒れてたらどうしよう?」
突然、フハッと笑いだした拓弥君。キッと睨むと慌てて緩んだ表情を元に戻していた。
「酷いよ、拓弥君は心配じゃないの?」
「悪い…寛貴が廊下で倒れてるのを想像したら笑えた。…梨桜ちゃん、アイツなら大丈夫だと思うぞ」
そんなの分からないじゃない!
もしかしたら、動けなくなってるかもしれないでしょ!
拓弥君は笑いながら私の頭に手を置いた。
「そんなに心配なら行くか?」
「え?」
行くって?
「寛貴の家」
「え、でもご家族が…」
寛貴の家。と言われて急に尻込みしてしまう…
だって、好きな人の家に行くなんて初めてだよ?お母さんに会ったら…緊張するでしょ!
「あ~…心配しなくていいよ、寛貴は殆ど一人暮らしみたいなもんだから。家政婦はいるかもしれないけどな」
殆ど一人暮らし?…どういう事?
「ホラ、行くぞ」
強引に連れて来られた…日本家屋の豪邸。
寛貴ってこんな凄い家に住んでたんだ。
「凄いお家だね」
「ああ」
呆気にとられて豪邸を眺めていると拓弥君に「そこだとカメラに映るからこっちに来て」と手を引かれて場所を移ると、インターホンを押していた。
「寝てんのかよ」
呼んでも反応のないインターホン。
「だから動けないかもしれないって言ったじゃない」
「アイツは頑丈だから…そんなに心配しなくてもいいよ」
そう言うともう一度インターホンを押していた。
『…なんだよ』
不機嫌そうな声が機械越しに聞こえた。
寛貴だ…
「見えてんだろ、早く開けろ」
『…』
ピッという電子音の後にカチャリと解錠される音がした。
「何してんの、行くぞ」
急かされて門からの長いアプローチを歩いて玄関に辿り着くと、拓弥君は勝手に玄関を開けていた。
いいのかな…そう思っていると
「おい!見舞いは届けたからな!玄関に取りに来いよ」
家の中に向かって大きな声で言うと「じゃーね、梨桜ちゃん」そう言って帰ってしまった。
「ちょっと待って!拓弥君!?」
ひらひらといつものように手を振って玄関の扉を閉めてしまった。
こんな広いお家に一人残していかないでよー!
「梨桜?」
振り返ると髪の毛が濡れている寛貴が立っていた。
「熱があるのにお風呂入っちゃ駄目だよ」
寛貴に注意しながら、そういえばいつも葵から怒られているな…そう思って少し反省した。
「熱なら下がった。…それより、なんでいるんだよ」
「なんでって…メールしたのに返信が来ないから、動けないくらい酷いのかと思ったの」
心配したのに『なんでいるんだ』なんて、来ちゃいけなかったんだね。
床に置いていた鞄を手にして「大丈夫みたいだから帰るね…」そう言って、寛貴に背を向けたら、首に腕が巻き付いた。
「見舞に来たんじゃないのか?」
葵といい、寛貴といい…毎回そうやって私の動きを止めるのやめて!
「苦し…」
「帰るなら何か作ってからにしてくれ。…腹減った」
「食べてないの?」
私の首に巻き付いているせいで背中に寛貴の胸が当たっていて、心なしかいつもより体が熱いような気がする。
「ああ…さっき目が覚めた。早く上がれよ」
リビングのソファに座ると、喉が渇いていたのかペットボトルの水を一気に飲み干していた。
「髪の毛濡れたままじゃ駄目だよ」
寛貴の前に立って濡れている前髪を掬って寛貴の額に手を当てた。熱いのは、お風呂上がりだから?まだ熱があるから?
「本当に熱、下がったの?」
「下がった」
寛貴は私を見上げると、ぐらりと上半身が揺らいだ。
慌てて寛貴の身体を支えると、私の腰に自分の腕を回してお腹に顔を埋めていた。
「ねぇ、やっぱり熱があるんじゃないの!?」
寛貴の肩を押して顔を見たら、潤んだ瞳で見つめ返されて…
「梨桜…オレ、マジで腹減った…」
「…」
不謹慎だけど、こういう寛貴って可愛いかもしれない…
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