足りないものは…(2) side:悠
「葵、体貸して」
メジャーをカチカチと伸ばすと梨桜ちゃんはにっこり笑った。『体貸して』って笑顔で言われるのも凄いな。
「今かよ」
「うん、今。早く取り掛かりたいの」
面倒臭そうに立ち上がった宮野は制服のジャケットを脱いで梨桜ちゃんの前に立った。
「シャツも脱ぐのか?」
「ネクタイだけでいいよ。届かないから椅子に座って」
何が始まるんだ?そう思っていると梨桜ちゃんは宮野の身体の寸法を測り出した。
肩幅、腕の長さ、胸囲…
「梨桜ちゃん、何をしてるの」
三浦に聞かれて、測った寸法をノートに書きとりながら答えていた。
「家庭科の課題。浴衣か編み物って言われたからセーターを編もうと思ったの」
「へぇ、手編み…梨桜ちゃんは本当に器用だな」
羨ましい。オレも手編みのセーター欲しい!
そう思っていると、梨桜ちゃんは宮野を椅子から立たせると、背中に抱きついていた。
「何してんだよ…」
マジで何してんだよ!?何で抱きつく必要があんだよ!!
ここにいる全員が呆気にとられてんだけど!?
「比べてるの」
比べるって誰と比べてんだよ!?っつーかいつまで抱きついてんだ!羨まし過ぎんだろ!!
「梨桜?」
首を捻って自分に抱きついている梨桜ちゃんを見ている宮野は振り解くわけでもなく聞いていて、梨桜ちゃんは眉根を顰めて「うーん…」と言いながら何かを考えていた。
「葵とパパってどっちが大きい?」
「オレ。…毎年作ってるのに何で測ってんだよ。親父は去年と同じでいいだろ」
親父さん?
「それがね…昨日、型紙と編み図を探したんだけど無いの。札幌からこっちに来るときに荷物に入れたよね?葵が荷造りしてくれたんだからある筈だよね」
オレはやっと分かったかもしれない。
親父さんのセーターを作りたいけど、型紙が無いから宮野のサイズを測って比較してる。そういう事か!?
だったら、先にそう言ってくれよ!宮野に抱きつく梨桜ちゃんを見て、ドキドキしたじゃねーか!
「親父の部屋も探したのか?」
「探したけど無かった。もしかしてパパの荷物と一緒にイギリスに行っちゃったのかな」
「…そうかもな」
梨桜ちゃんはまた「うーん」と言いながら、椅子に登ると今度は背中から首に手を回して抱きついていた。
理由は分かったけど、何やってんだよ!?もしかしてイチャついてるだけなのか!?
「もう一回測る」
そう言うと、もう一度肩幅と胸囲を測っていて、メジャーが示す数字を見て梨桜ちゃんが軽く溜め息をついている。
「パパってばやっぱり太ったかも。帰ってきたらダイエット食だね。葵、ありがとね」
席に座ると、記号みたいなのがたくさん書いてある紙を広げて自分が書いた宮野の寸法と比べて睨めっこしていた。
真剣な顔をして毛糸を編んでいる梨桜ちゃん。
「なぁ、梨桜」
「ん」
「今度“課外研修”があるんだろ?」
「……ん」
宮野が話しかけても上の空で返事をしている。
「水族館は今度連れてってやるから、別な場所にしろよ」
「…」
熱中しているところに付け込んで行き先を変えさせるのか?
「そうだな、今度皆で一緒に行こう。その方が楽しいよ」
三浦も一緒に説得。上手く行くのか?
梨桜ちゃんは編み物の手を休めない。
「梨桜、聞いてるのか」
「ん」
梨桜ちゃん、聞いてないだろ…上の空だろ!?宮野が「梨桜」と呼ぶと、やっと顔を上げた。
「テーマパークで絶叫系に乗ってもいいの?」
「「ダメだ」」
宮野と寛貴さんの声が重なった。
梨桜ちゃんは二人を見ると、フフッと笑ってまた編み物を始めた。
「私は水族館に行く」
「梨桜ちゃん」
三浦が呼びかけると、顔を上げずに「あのね」と話し始めた。
「だってタカちゃんと約束したの。水族館で円香ちゃんの誕生日プレゼントを渡すって」
それって、知ってるのか?その日、バカな女が同じ場所にいるって。
宮野と寛貴さんは何も言わずに梨桜ちゃんを見ていた。
「由利ちゃんに会っても私から話しかけようとは思っていないし…尚人君の事も私の中では終わった事だから、同じ話をするつもりは無いよ」
「…分かった」
寛貴さんが言うと拓弥さんが「仕方ねぇな」と言って笑っていた。バカで性格ブスな女の相手は拓弥さんがするんだろうな…
「皆で心配してくれてありがとう」
顔を上げてニッコリ笑った梨桜ちゃん。
この笑顔を見ると、やっぱり好きだな。そう思う。
もう少しだけ、好きでいてもいいかな…
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