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「姫って怖いモノ知らずなんだな」
ジタバタしている小橋さんの手を掴みながら「早く!」と言うと、朱雀のメンバーの彼等は肩をすくめて教室に向かって口を開いた。
「ユキヤ!」
「客!1年の女の子!!」
大きい声で呼ぶから私達に気づいていない人まで振り向いた。一斉に注目を浴びて恥ずかしい…
「姫、これでいいか?」
不満の残る呼び方だけど、とりあえず助かった。「ありがとう」と言うと、「姫、頑張って」と言われた。
頑張るのは私じゃなくて、小橋さんだから。
「え…君って、…東堂梨桜ちゃん?」
声をかけられて、そちらを見るとちょっと軽そうな男の子が立っていた。
「ユキヤ先輩ですか?」
男は「あ、うん」と頬を染めて頷いた。どうして頬を染める必要があるの?
「そうだけどオレに用事?…東堂さんが来てくれるなんて嬉しいな」
照れくさそうに笑う彼が分からなくて、首を傾げると凄い力で手を振り払われた。
「やっぱりダメ!!」
「え!?」
小橋さんが私の体を押しのけるようにして手を振り払って逃げた…よろけて尻もちをついてしまうと、ユキヤ先輩が何が起こったのか理解できないのか、呆けた顔で私を見ていた。
「追いかけて!」
床に座り込んだまま言うと、訳が分からないのか、私と、私が指差す方を交互に見ているユキヤ先輩。
何をモタモタしているの!早く行って!!
「え?」
私を見なくていいから、早く!!
「早く追いかけてっ!ほらっ」
小橋さんが逃げた方を指差して、ユキヤ先輩の膝をバシッと叩いた。
「小橋恵美ちゃん!早く追いかけて!彼女でしょ!?」
「え?恵美!?」
漸く走り出した彼を見て、一安心。
どうか、仲直りしてくれますように。
用事は済んだから、早く帰ろう。ココは視線が煩くて居心地が悪すぎる。
「何をしてるんだおまえは…」
頭の上から声が降ってきて、見上げると寛貴が私を見下ろしていた。
あれ、寛貴ってこのクラスなの?
「転んだのか?」
「うん、まぁ…」
差し出された手を掴もうとしたら、両脇に手を掛けられて身体を持ち上げられた。
「…ありがと」
トン、と地面に立たされると教室から拓弥君が顔を出した。
「梨桜ちゃんから、すげーいい匂いがする」
クンクン、と拓弥君が匂いの先を探し当てた。
「入りなよ」
拓弥君に腕を引かれて教室に入ってしまった。「お邪魔します」と言いながら中に入ると、クラス中から注目を浴びていて、恥ずかしい。
高校生の男の子って1学年違うと雰囲気が随分変わるんだね…
「そこに座れ」
寛貴が座った隣に座り、手にしていた袋を机の上に置いた。
「それ何?」
「パン。さっき焼きあがったの…食べる?」
袋から、小分けにしていたパンを出すと、拓弥君と寛貴が手に取って口に入れた。
「旨い!梨桜ちゃん、なんでユキヤを呼び出したんだ?」
「小橋さんに彼と仲直りしたいから一緒に来てって頼まれたの。先輩の為にケーキ焼いたんだって」
寛貴がもう一つパンを手にした
お昼休みまでもう少しなのに…今そんなに食べたら、お昼が食べられなくなるよ?
「寛貴お腹すいたの?」
「ああ…これ、旨いな」
「梨桜ちゃんはパンでユキヤの彼女はケーキ?」
「うん、まぁ…」
ケーキもいいなって思ってたんだけど、なんか…ストレス解消に捏ねたくなったからパンにしたんだよね。
拓弥君のせいで、また思い出してしまった。
「?…なんか意味深だな」
拓弥君に笑われて「意味なんかないよ」と言うと「ムキになると怪しい」とからかわれた。
この男にだけは絶対に知られたくない。知ったらずーっとからかって遊ばれて…考えるだけで恐ろしい!
予鈴が鳴り、次の授業は移動教室だったのを思い出した。
「教室に戻らなきゃ。今日、悠君は休みだけど倉庫には来るんでしょ?」
「ああ」
授業はサボってもチームには来るってやっぱり不良だ。授業を受けないから赤点になっちゃうのに…
「作りすぎたからみんなで食べてくれると嬉しいんだけど…いい?」
「あいつら喜ぶよ。この前も感激してたよ」
大袈裟な…手抜きコロッケだったのに…
紙袋を寛貴に渡して立ち上がった。
「校舎まで送る」
「大丈夫だよ?」
「バカな野郎達に絡まれたら嫌だろ?寛貴に送ってもらいなよ」
さっきのむさ苦しい雰囲気を思い出して頷くと、寛貴も立ち上がった。
廊下はやっぱりさっきと同じで、女子生徒一人じゃ歩けない雰囲気。良くここを通って来たな、と我ながら感心する。
「一人でここに来るなよ?用がある時はオレを呼べ」
私をじろじろと見ている人達も、少し前を歩く寛貴を見ると視線を逸らしてしまう。
この男達の頂点に立っている男…
どうしよう、背中を見ているだけなのに…胸が、ギュッとなりそう…
「おい、聞いてるのか?」
振り返らないで欲しい、また変顔になるから…
「梨桜?」
私が黙っていると、立ち止まって顔を覗き込んだ。ああ、もう本当に止めて欲しい。
今の私を見ないで…
「うん、聞いてるよ」
“もしかして”の想いは確信に変わりそうだ…
・・―――
―――・・
夜、円香ちゃんに電話をしたら、『アハハ』と笑われた。
「笑い事じゃないよ」
他人事だと思って楽しそうに笑っている円香ちゃん。真面目に話しているのに!
「円香ちゃん!」
そう言うと、少しトーンを落とした声で『あのね、梨桜』と切り出した。
『初めてでしょ?そういう気持ち』
「そうかもしれない」
『ドキドキするけど、離れたくないんでしょ?』
「…」
その通りかもしれません。
円香ちゃんの言葉は的を得ていて、曖昧にしていたかったこともハッキリと私に突きつけてくる。
『だったら、自分の気持ちと彼の気持ちに向き合ってみたら?今のままにしたっていい事なんか何もないでしょう?』
「…」
円香ちゃんて、凄いね。私が前に進もうと思える言葉をスルスルと紡ぎだすの。
――私の気持ちと寛貴の気持ち――
前、私に言ったよね?
あの言葉の裏にある寛貴の気持ちは、私と同じ?
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