背中越しの温度 (9) side:円香
敬彦から、尚人と梨桜の事を聞いて心配で駆けつけると泣いた目をした梨桜が愛しくて抱き締めた。
途端に額に怒りマークが浮かび上がりそうなこの男。
ふん、あんたのモノじゃないんだからね
「頑張ったね、梨桜」
額をコツン、とつけてもう一度言うと「褒めてくれる?」と潤んだ瞳で見つめられた。
あぁ、もう可愛いすぎる。
ぎゅぅっと抱き締めると「えへへ」と照れ笑いが聞こえた。
「久しぶりに円香ちゃんに褒められた」
これ、同じ目線から見ても可愛いけど、上から見下ろしたらスッゴイ破壊力だろうな…
背中に視線を感じるけれど無視して久しぶりの梨桜を堪能。
「梨桜ちゃんは閉会式に出ないで女の子と抱き合っちゃうんだ」
からかうような声に顔を上げると、いつの間にか葵君と梨桜の友達がいた。
葵君の視線の先を見ると、地面に座り込んでいる由利を見ていた。
また、下らないことを企んだんだろう…本当にバカな女。
「梨桜は借りて行くから」
「あ?」
不満そうな藤島君と葵君にじゃあね、と手を振って梨桜の手を引いた。
お気に入りのカフェで、二人でよく食べていたケーキを目の前に、頑張った梨桜をねぎらった。
「梨桜、それ痛々しいね」
右手首に指の跡がついていた。よっぽど強く掴まれないとこんな痣にならない。
それだけ尚人の想いは強かったっていうこと?
葵君に殴られて、二度と梨桜に近づくなって言われたらしいけど…自業自得だよね。
「うん、痛かった」
梨桜の頭を撫でてあげようと思ったら青い痣の上に朱い痕があるのが見えた。
「それ、どうしたの?」
梨桜が腕を引くより早く手をつかんで自分に引き寄せて間近で見ると…
「誰につけられたの?」そう聞くと、目を反らす梨桜。
その仕草と表情がすごく可愛いんだけど、見逃してあげない。
「だーれ?」
葵君がつけるわけないよね
「尚人?」
違うって分かりつつワザと聞くと、フルフルと首を横に振った。
「…あのね」
それ、キスマークだよね?そんなのをつけるのは…
「藤島君か」
「う…どうして分かったの!?」
分かるに決まってるでしょーが!おバカさんだね。
…しっかし、純粋な梨桜を相手にヤることはちゃっかりやる男だよね。
「円香ちゃん、どうしよう」
藤島君の顔を思い浮かべながらケーキを口に運んでいると、急に梨桜が困った顔をして私を見つめていた。
「どうしたの?言ってごらん」
「キ…スしちゃった」
そう言うなり顔を伏せてテーブルに突っ伏した梨桜
何をそんなに狼狽えているのか…前にもキスされた。って聞いていたから驚きもしない。
「今更でしょ」
「違うの~」
テーブルに突っ伏したまま首を横に振っていて様子がおかしい。そういえば『キスしちゃった』って言ったよね?
言葉の微妙なニュアンスの違いに、まさかと思いながら、一応聞いてみた。
「誰がキスしたの?」
顔を赤くしてボソリと一言
「私が…」
はい?…梨桜、が?
今のは聞き間違い?
「誰に」
「…」
固まったままの梨桜の頭をツンツンと突いたら、顔を上げて私の手をぎゅうっと握った。
「梨桜、誰に?」
「…寛貴」
紅茶を吹き出しそうになった。
「ウソ!?」
「どうしよう…」
顔を上げた梨桜は目を潤ませて私にすがるように見ていた。
何なのこの子…食べちゃいたいんですけど?…私が男だったら、そのまま頂いちゃうと思うよ。
梨桜からキスするなんて…何をどうするとそういう状況になるの?
「円香ちゃん、呆れた?」
「呆れてないよ」
呆れてはいないけど、気になったことがあるんだよね。
「正直に言ってごらん、彼と何回キスした?」
眉根を寄せて考え始めた。
私が聞いたのは過去二回なんだけど、思い出しているってことはそれ以上なのね
「もういいわ…」
梨桜も成長したのね…お姉さんは寂しいわ。
「その後はどうなった?」
「由利ちゃんが来て言い合いになったの」
梨桜が転校してくるまで自分が女王様のように振る舞っていたけれど、梨桜が来てからは見向きもされなくなった。
逆恨みも大概にすればいいのに、梨桜から尚人を奪って得意になっていた。
…本当にバカな女
「それで?尚人とは違ったんでしょ?」
「う…」
下を向いて固まった梨桜に「良かった?」と小声で聞いたら
「円香ちゃん!!」
顔を真っ赤にして抗議された。だから、可愛いすぎるんだって…
「梨桜、私は正直な子が好きよ?」
ああ、可愛いすぎて苛めたくなる。
「梨桜?藤島君とのキスは?好き?」
ニッコリ笑って問いかけると、両手で顔を隠してしまった。
「りーお?」
恥ずかしがっている顔を見たくて、梨桜の顔から手を外すと、想像通りの困ったような顔。
この顔が見たくて意地悪しちゃうんだよね。
「意地悪!」
「藤島君て、どんな人?」
「…怒ると恐いけど優しい」
まぁ、優しいよね。梨桜しか見てないって感じがする。
「それから?」
「葵じゃないのに、一緒にいると安心できた」
それって結構大事な事だよね。
ちゃんと自覚したんだ?偉いね。
「うん、後は?」
「困ったときに助けてくれる」
「それって、梨桜だからかな…他の女の子にも同じように接していたら梨桜はどう思う?」
「…」
鈍い梨桜にも分かるように言ったら、眉を顰めてテーブルを見ていた。
「梨桜?」
「イヤ」
早く藤島君に堕ちちゃいなさいよ。
彼なら、許してあげる。
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