背中越しの温度 (8)
キスが深くなればなる程に、胸に溜まっていくこの甘いモノはなんだろう?
芝生を踏む音がして目を開けると、寛貴は鋭い目をしながら誰かを見ていて、私と目が合うと首の後ろを抑えてキスを深くした。
誰かに見られながらなんてイヤ!
キスを止めて欲しくて身を捩って逃れようとしたけれど、抑え込まれていて動けなかった。
「っ…!」
呼吸が苦しくて、胸を強く押したらやっと止めてくれた。
寛貴は私の後ろを睨むように見ていて、恐る恐る振り返ると、立っていたのは…由利ちゃんだった。
「へぇ、その人とはキス出来るんだ。梨桜って潔癖症で少しおかしいんだと思ってたけど違ったのね」
バカにしたような言い方に私が答える前に「てめぇみたいな女と一緒にするな」寛貴が言うと由利ちゃんは口角を吊り上げて笑っていた。
「私、あんたが大嫌い」
そう、奇遇だね。私もあなたが嫌い。
睨んでくる彼女の視線を正面から受け止めて睨み返すと、歪んだ笑みを浮かべた。
「何の用だ?」
「ねぇ、梨桜みたいな固い子を相手にして、つまらなくないの?」
クスクスと笑いながら私を見下ろすその顔に嫌悪しか感じなくて、ムカムカと腹が立つのを堪えていた。
「可愛い、なんて騒がれているけど簡単に男を寝取られるような間抜けな女よ?」
「オレにはおまえみたいな女を抱こうと思う男に聞いてみたいな…歪んだ女を抱いて何がいいんだ?体だけなら、もっといい女がいるだろ。…おまえの周りはバカが多いのか?」
私を挟んで睨み合う二人に耐えられなくなりそう。
「ねぇ、由利ちゃん、尚人君が好きなんじゃなかったの?私にそう言ったよね」
お願いだから、私が抑えきれなくなる前に『尚人君が好きだったから』そう言って私の前から消えて欲しい。
これ以上、神経を逆撫でするようなことはしないで。そう思ったのに、クスクスと笑ったまま、信じられない言葉を繋げた。
「梨桜、あんたってホントにおめでたいのね。…まぁ、尚人はカッコいいし、一緒に居たら自慢できるからね」
そんな理由?…人を何だと思っているの?
私が呆気にとられていると、いつもと違う雰囲気を背中に感じて寛貴の腕を掴んだ。
「梨桜、離せ」
「嫌」
この腕を離したら由利ちゃんに手を上げてしまうような気がして、両手で力の入っている腕を抑えた。
「黙って聞いてりゃ調子にのりやがって…虚仮にされて黙ってられるかよ。離せ」
寛貴が手を上げる価値なんかない。
「離さない」
私だって我慢しているんだから、寛貴も我慢して。そう思って見上げると、寛貴は由利ちゃんを睨みつけていた。
「ねぇ、昨日思ったんだけどさ…あんな風に心配してもらえるなら、事故に遭ったのも悪いことばかりじゃなかったね」
酷い…
「…あんたの周りの男達、騙されてるんじゃないの?バカだよね」
その言葉に我慢できなくて、彼女の頬を力一杯叩いた。
「何すんのよ!」
「いい加減にしてくれる?私の事が嫌いならそれはそれでいい。でもね、皆を馬鹿にするのは許せない!」
「あんたなんか!」
私を叩こうと振り上げた由利ちゃんの手を寛貴が掴み、彼女は痛みに顔を歪めていた。
「何すんのよ!痛いっ!」
「失せろ…二度と梨桜の前にその面を見せるな」
本気で怒っている寛貴を見て恐怖を覚えたのか体を震わせていた。
愁君に言われて大人しくしていれば良かったのに…相手が悪すぎるよ、それに今頃気付くなんて遅すぎる。
「離…して」
涙目になっている由利ちゃんの手を振り払うように離すと、彼女はぺたりと地面に座り込んだ。
「くだらねぇ…行くぞ」
放心したように座り込んでいる由利ちゃんを見ていたら、寛貴に手を引かれた。
「気は済んだか?」
「…分かんない」
気は済まないけれど、二度と関わりたくない。その気持ちの方が大きい。
こんなにも誰かの事を“嫌だ”そう思う事が悲しく思えてしまう。
「梨桜!!」
突然呼ばれて顔を上げると、円香ちゃんが走ってきていた。
「円香ちゃんだ…」
「梨桜っ」
円香ちゃんに向かって腕を伸ばすと、飛びつくようにぎゅうっと抱き締められた。
「敬彦に聞いて、心配したんだからね!」
息を切らしながら私の背中をポンポン叩いて「頑張ったね」と言ってくれる彼女の背中に手を回してぎゅっと抱きしめ返した。
円香ちゃん、大好きだよ。
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