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秋桜  作者: 七地
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背中越しの温度 (2)

「おまえは尽く人の忠告を聞かない女だよな」


「…そんなこ、と…な…苦し」


連れて来られた誰もいない特別教室らしい部屋で、朝の言いつけを守らなかった私を懲らしめるかのようなきつ過ぎる抱擁…


「い…た」


呼吸をするのも話す事も苦痛な状態から逃れたくて寛貴の二の腕に爪を立てるとやっと腕の力を弱めてくれた。


「ふぅ…」


酷いよ。私はそんなに悪い事はしてないよ?

抱き寄せられているままにクタリと寛貴の肩口に額をつけた。


「苦しかった…」


「自業自得だ」


上を見ればきつく眉根を寄せて私を見下ろしていた。

何をそんなにイラついているのか…余りな言い様に二の腕を抓ってやった。


「ってぇ…」


この位どうってことないでしょ?ホントに苦しかったんだから!

それに…文句を言いたかったんだよね、思い出した。


「さっき純情高校生から『手紙、読んでもらえましたか!?』って言われたの」


「…純情?」


そう、純情少年だよ。

頷いたら、ただでさえイラついていたのに更に眉根を寄せて私を見下ろしていた。

そんな顔をしてもダメだよ、文句を言うって決めたんだから。


「寛貴と葵が手紙を捨てちゃったから何の事か分からなくて『ごめんなさい』しか言えなかったよ。もうあんなことしないでよね」


「そいつの顔は知ってたのか?」


見下ろされて、首を横に振った。


「名前は?」


「…知らない」


ムッと寛貴を睨むと鼻で笑われた。


「だったら、仮に読んでいたとしても、誰の手紙の事を言っているのか分からないだろ」


確かにそうかもしれないけど、でも!もしかしたら分かったかもしれないじゃない!?


「それとも、内容によっては受けるのか?」


それは、嫌。

首を横に振るとまた鼻で笑われた。


「何で笑うのよ」


「捨てても捨てなくても結果は同じだろ」


そういう事を言ってるんじゃないの!

寛貴の肩を押そうとしたら、またキツく抱き締められた。


「く…るし…」


意地悪!

ふいに力を緩められて深く息を吐いた。


疲れたよ…

ぺたん、と床に座り込むと寛貴も隣に座った。


「もうすぐ発表の時間だね」


携帯で時間を確認してから電源を切った。

発表を前に緊張するけれど、今はその後の事で頭が一杯になっている。


「気まずい男はアイツだろ」


前触れもなく突然聞かれて「うん」と答えてしまった。

寛貴を見ると、私を見ずに携帯を弄っていた。


「ねぇ、タカちゃんに変なことしなかったよね?」


何を聞いたの?とは言わなかった。きっとタカちゃんは余計な事を言わないと思うから。

携帯をポケットに入れて、私を見ながら口を開いた。


「矢野から大まかな話は聞いた。アイツ、心配してたぞ」


「だから、ちゃんと終わりにしようと思ったの。私が悪いんだよ…私が逃げてきたから」


タカちゃんに前に言われた『前に進んでるって思っていいのか?』札幌に来て分かったのは…前に進めないのは私じゃなくて尚人君。


「何があった?」


葵には簡潔すぎるって言われたけど、単純なんだよ


「尚人君との別れ話がこじれて…逃げるように東京に来たの。私がズルいから、尚人君がいつまでも…」


「そう追い込んだのはアイツじゃないのか?おまえが負い目に感じる必要がどこにある?」


物分かりが良すぎだ。そう言い私の顔を覗き込んだ。


「そうかもしれないけど…」


「けど?」


「でもね、違うんじゃないかって思ったの」


タカちゃんと円香ちゃん達には話していない。誰にも言えなかった…


「どういう意味だ?分かるように話せ」


相変わらずな言い方に笑ってしまいそうになったけれど、もしかして私が話しやすいようにそう言ってくれてる?


あの時は、キスなんかよりこんな風に手を繋ぐことも躊躇っていた。あの違和感は何だったんだろう…今考えても分からない。


「私、尚人君とこうやって手を繋いでいても、いつ手を離そうか、って考えていた。尚人君と由利ちゃんの事を聞いて安心している自分もいたの。私が尚人君の事を責めるのはおかしいでしょ?」


自分の手を寛貴の手に重ね、指と指を搦めたその様をじっと見つめた。


「…平気なのか?」


「え?」


何が平気なの?

寛貴の顔を見ると、


「こうやっていても離す事は考えないのか?」


握られている手を目の前に持ち上げられてゆらゆらと揺らされた。


「あ、ごめんね。寛貴が嫌だったね」


絡めた指を外そうとしたらぎゅっと握られた。


「オレは嫌じゃないのか?って聞いたんだ」


指にキュッと力を入れると握り返してくれた。

うん、あったかくて大きい手だね。


「…やっぱりいい、言うな」


嫌じゃないよ。って言おうとしたのに遮られて唇が触れた。

少し苦い煙草の味がするキスは“このままでいて”そう強請ってしまいそうな甘い気持ちにさせられる。


寛貴の携帯電話が鳴り、唇が離れてしまった。

離れがたい思いで寛貴の唇を見ていると携帯から『おまえ、どこにいるんだよ!』と拓弥君の声が漏れ聞こえてきた。



.


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