背中合わせ (13)
現在、午前5時。
愁君のバスキューブのおかげか、葵が言う通りに疲れていたからなのか、夢を見る事も無くぐっすりと眠れた。
「葵」
隣のベッドで寝ているサラサラ頭に声をかけると「ん」と寝ぼけたまま返事をする。
もう一度「葵くーん?」と呼ぶと
「…んだよ」
掠れた声で返事をして片目だけを開いて私を見ると、すぐに目を閉じた。
色気がダダ漏れだよ…羨ましい。
「目が覚めちゃった」
「もう一回寝ろ」
寝返りを打って私に背を向けてしまった。
葵のベッドに座り込んで葵の髪の毛を指にクルクルと巻きつけるとすぐにサラサラと解けていく。
いいなぁ、こういう髪質。
「…何がしたいんだおまえは」
「お散歩行って来るね」
「昨日の夜しただろ」
「それはそれ、公園に行って来る。じゃぁね」
そう言って葵のベッドから降りようとすると、足を掴まれてしまった。
危ないでしょ!?落ちたらどうするの!
「オレも行く」
「気持ちいいね!」
「そうだな‥‥東京とは違うな」
欠伸を噛み殺していてまだ眠そうな葵はボーっとしながら歩いていた。
「ウチに帰っても散歩に行こうよ」
「危ないだろ」
「早起きの不良なんかいないよ」
「あ…」
交差点の向こうにあるお店を見つけて足を止めた。いつの間にか通りを超えてあの近くに来てしまった。
「戻るか」
葵に手を引かれたけれど、ぎゅっと握ってその場で足を止めたまま交差点を見た。
「待って、行ってみたい」
自分でも分からないけれど、足が自然にそこへ向いた。
「綺麗に直したね」
店先のガードレールに手向けられた花に手を合わせてお店を見た。
事故以来初めて来たこのお店。そこはもう前とは変わった店構えになり新しく息づいていた。
ここで事故が遭った事を覚えている人は少ないかもしれない。
「梨桜?」
葵にしがみついて目を閉じた。
もう、あの場所は無いのにいつまでも囚われている私。
解放されたい、そう思っていても囚われているのは私が弱いから…
「梨桜、帰ろう」
ホテルに帰り朝食会場のレストランに入ると、愁君達が朝ごはんを食べていた。
おはよ、と手を振り隣の席に腰を下ろした。
「洋食と和食」
ウェイターに告げると葵はドリンクバーに行った。
「どこに行ってたの?」
3人とも朝から大盛ご飯を食べていた。
昨日あんなに食べたのに朝からこんなに食べられるんだ…凄いね。
「お散歩、気持ち良かったよ」
「オレも誘ってくれれば良かったのに」
拓弥君が公園を散歩するって何だか想像できないね。朝よりも夜の方が似合っている、そう思うのは気のせい?
「おまえは起こしても起きねぇだろ」
寛貴に言われて拓弥君は笑っていた。
「葵、早起きしたんだ。珍しいな」
愁君が葵をからかうと、私に紅茶を、自分にコーヒーを持ってきた葵が席に着いた。
「5時に起こされた。まだ眠い…」
葵はボーっとした顔で庭を見ていた。
「5時‥‥オレ思うんだけど葵の美肌って梨桜ちゃんのおかげだよな」
「なんで?愁君」
確かに葵の肌は私も羨ましくなるくらいスベスベだけど、葵のお肌の為に私は何もしていないよ?
「タバコ止めたし早寝早起き、梨桜ちゃんの手料理」
私は知らなかったけど、葵も愁君や寛貴達と同じように煙草を吸っていたらしい。
愁君から、去年私に輸血をした時を境に止めたって聞いた。
「大袈裟だよ愁君、私手抜き料理作るよ。この前もコロッケだったし」
「‥‥まだあんのかアレ」
葵は遠い目をしながらコーヒーを飲んでいて「冷凍庫にあるよ」と答えたらジロリと私を見た。
「作りすぎだろ‥‥二人しかいないんだぞ?人数を考えて作れよ」
耳が痛い言葉に聞こえないフリをしてそっぽを向いて紅茶を飲んだ。つい、作り過ぎちゃったんだよね。無理矢理食べさせたのを未だに根に持っているなんてココロが狭いぞ。
「コロッケ位で騒ぐなよ」
愁君に窘められた葵は「モノには限度があるだろ」と反論していた。
「昨日は眠れたのか?」
隣に座っていた寛貴に聞かれて「うん」と頷くと良かったな。と返事が返ってきた。
「会場で一人になるなよ」
運ばれてきた朝ごはんに「いただきます」と言ってふわふわのオムレツをフォークで掬った。
「何かあるの?」
寛貴に聞くと拓弥君が「あってからじゃ遅いから」と答えて、意味が良く分からなくて首を捻った。
「札幌にあるチームと喧嘩でもしてるの?」
「そういうんじゃない。…おまえ、分からないのか?」
「分からない」
遠まわしに言わないでハッキリ言ってくれなきゃ分からないよ!
「矢野から手紙の束が送られて来ただろ。送った男達はこの学校の生徒じゃないのか?」
あ…そうだった。『手紙読んで下さい』とか『一緒に写真撮って下さい』とか言われるの苦手なんだよ。
「分かったか?」
「…気を付けます」
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