背中合わせ (12)
「アイスは何を食べるんだ?」
恨めしい気分で寛貴をジトッと睨んだ。
「お腹が一杯でもう入らない」
アイス、食べたかったよ…
椅子の背に凭れてお腹をさすった。お腹がぽっこり膨れているような気がする。
「おっさん臭いぞ」
「…おっさんじゃないもん」
葵のお腹をさすってみたけれど、ぽっこり膨れていなかった。もう一度自分のお腹をさすると、やっぱり膨れてる…幼児体型みたい。
お腹をさすっている私の隣で寛貴が雄太君を呼んで会計を済ませていた。
「旨かった。梨桜ちゃん連れてきてくれてありがと」
愁君が満足してくれたなら、私も嬉しいよ。
「良かった」
「今回は梨桜ちゃんがいてくれて良かったよ」
拓弥君の言葉に「どういたしまして」と答えて立ち上がった。
愁君と拓弥は本当に女の子の扱いが上手いな‥‥感心するよ。どこで覚えてくるんだろうね?
「梨桜ちゃんのオトモダチ、またね」
拓弥君が何故か“お友達”を強調して由利ちゃん達に手を振ると、葵に急かされて店を出た。
外に出るなり、煙草に火を点ける3人…私服だからバレないかもしれないけどさ、高校生だって言う事…忘れてない?
私の風下で吸っていて一応私に気を使ってくれているらしい3人を横目で見て葵の腕を引っ張った。
「どうした?」
「円香ちゃんに会いたい。円香ちゃんの都合が良かったら遊んで来てもいい?」
「今日は移動で疲れてるんだから明日にしろ」
「平気だよ」
「梨桜はいつも“平気だよ”って言った後に熱出すだろ。今日は大人しくしてろ」
私の額に手を当てて熱が出ていない事を確かめると前髪をクシャクシャにした。
幾つの時の話をしてるのよ?ホントに過保護なんだから…
「…それなら、ホテルに帰ったらアイス食べたい」
ホテルまで歩いて20分位でしょ?帰る途中でジェラート屋さんがあったと思ったんだよね…お持ち帰りにして、シャワーを浴びた後に食べたら美味しいと思うの。
「それ、全然繋がってないぞ。…そんなに食いたかったのかよ」
呆れ顔で私の髪の毛をまたクシャクシャにした。
だって、ご飯をちゃんと食べたからいいでしょ?頑張って全部食べたんだよ!
「葵、これからどうする?」
愁君に聞かれると葵は「梨桜を連れて帰る」と言い、私から手を離した。
「ここにいろよ」
そう言って愁君達の傍に行くと、何やら4人でコソコソと話をしていた。
4人集まって。っていうところがイヤラシイよね。結託する時はあまり良くない事を考えているに違いないから、知らないフリをしていよう。
「梨桜!」
名前を呼ばれて振り返ると、お店から尚人君が駈け出して来た。
「尚人君…」
由利ちゃんを置いてきちゃダメじゃない。きっと今頃怒ってるよ?
「話がしたい」
真剣な顔をして私を見ている尚人君。今までこんな顔を見た事無かった…
「時間を作って欲しい」
再会したら、絶対にそう言われると思っていた。
そう言われたら、ちゃんと向き合ってもう一度私の気持ちを伝えよう、そう決めてここに来た。
「うん、私も尚人君に話さなきゃいけない事がある」
「これからはダメか?」
今日は無理だよ。葵がいいって言わない。
「ごめん、今日は無理」
「それなら…明日、明日時間を作って欲しい」
尚人君が泣きそうに見えるのは気のせい?
「うん…」
『尚人君、どうしたの?』そう聞きたかったけれど、こんな表情をさせているのは私の所為だったら…そう思うと言えなかった。
「帰るぞ」
不機嫌な声と共にグイッと腕を引かれてよろけた。
「葵?」
よろけて葵にぶつかると、そのまま体を支えるように自分に引き寄せて尚人君から遠ざけた。
葵を見ると尚人君を睨んでいて、尚人君も睨み返している。
「葵、約束したよね?」小声で言うと、舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。
葵が顔を向けた先を見ると、寛貴も尚人君を睨んでいて、それに気づいた尚人君も睨み返している。
あんなに睨んでいるっていう事は“気まずい男の子”が尚人君だって分かったよね…タカちゃんを呼び出して、何を聞いたの?
「尚人君、今日は帰る。またね」
「梨桜」
まだ何か言いたそうにしていたけれど、バイバイ、と手を振った。
「梨桜ちゃん!」
手招きされて愁君のところに行くと「今日一日頑張ったご褒美」と小さな袋を手渡された。
袋を開けると、紫色とレモン色の塊が入っていた。
「これ…バスキューブ?」
「今日はゆっくり休んだ方がいいよ。疲れただろ?」
ラベンダーとグレープフルーツのバスキューブがコロンと入っていて可愛い。
「夢も見ないくらいぐっすりと眠れるようにね」
その言葉に愁君を見ると、ニッコリと笑っていた。愁君はどうして葵が私と同じ部屋にしたのか知ってたの…
「ありがとう」
「帰るぞ」
葵に愁君からもらったバスキューブを見せると「良かったな」と言って葵が歩き出した。3人に手を振り、振り返って尚人君にも小さく手を振って葵の後に続いた。
「ほら」
愁君達が見えなくなった頃、差し出された手に自分の手を重ねてホテルまでのんびり散歩をした。
.