背中合わせ (11)
席に戻ると、お肉と野菜が追加されていた。
まだ食べるの?この人達!
「食べるか?」
葵が聞いてきて、とんでもないと首を横に振った。
「梨桜ちゃん、何か飲む?」
ドリンクメニューを眺めていた愁君が顔を上げて私に聞いてくれた。
「グレープフルーツソーダがいいな」
「デザートもあるよ」
メニューを渡されて…キャラメルアイス美味しそう、抹茶アイスも捨てがたい。
どれにしようか真剣に悩んでしまう。ゆずのシャーベットも美味しそう。
「アイスは飯を食べてからだ」
寛貴に言われて隣を見ると、通路の向こうに彼女が見えてメニューで顔を隠してしまった。
後悔しても遅いけど、タカちゃんにお店の事を聞いてから来れば良かった。雄太君がバイトしているなら、彼女達がお店に来るかもしれないよね…
…どうかこっちに来ませんように、私達に気付きませんように!
「梨桜?」
シーッ!と唇に指を当てると、怪訝な顔をした葵と寛貴が私の視線の先を見て眉を顰めた。
「雄太!来たわよ」
由利ちゃんの声が響いた。
彼女の隣には尚人君がいる。二人が並んでいると付き合っているようにしか見えないんだけどな…
尚人君はどうして葵にあんなことを言ったんだろう?
「堂々としてればいい」
葵に言われて頷くと寛貴にメニューを取り上げられた。
「アイスの前に飯を食え」
「梨桜」
葵に呼ばれてそちらを向くとお肉を差し出された。やだ、食べたくないよ。
「さっきから眺めてるだけで殆ど手を付けてないだろ。食べろ」
「見てるだけでお腹一杯」
口を噤んだまま首を横に振ると怖い顔をしながら「梨桜」と呼んだ。
「早く口を開けろ」
仕方なく口を開けるとお肉が入ってきた。相変わらず美味しいけど、入れる量が多すぎる!
「梨桜ちゃん、何で眉間に皺寄せながら食ってんだよ」
拓弥君に笑われたけど、仕方がないの。だって、口の中一杯にお肉が入っているから噛み切れないし飲み込めないの!
「…梨桜?」
由利ちゃんに気付かれた‥拓弥君が大笑いするからだよ!
彼女は自分達の席から私達の所に来ると、可愛らしく笑って「ここに来てたの?」と小首を傾げた。
由利ちゃんの席には尚人君がいて、私をジッと見ていた。
口の中のお肉が飲み込めなくて由利ちゃんの問いに答えられないでいると、寛貴に水の入ったグラスを手渡された。
「ゆっくり飲めよ」
頷いてグラスを口に運んでいると、こちらを見ていた尚人君と目が合い、挨拶の代わりにひらひらと手を振った。
「苦しかった…葵、入れ過ぎだよ」
漸くお肉を飲み込んで葵を見ると、そっぽを向いてお肉を食べていた。
「梨桜は何をしていたの?どうして涙目になってるの?」
由利ちゃんが聞くと愁君に笑顔を向けられ頬を赤く染めていた。
王子様スマイルは由利ちゃんにも効くんだ…変なところで感心していると、愁君が王子様の笑顔のまま私を見た。
「食の細い梨桜ちゃんを心配した葵が梨桜ちゃんに食べさせていたんだけど、口に入れる量が多くて苦しかったんだよ。…ね?梨桜ちゃん」
止めて、私に振らないで!
頬を染めていた由利ちゃんは一瞬で表情を変えて私を見ていた。その豹変ぶりが怖い…
私の両隣は彼女が見えていないかのように黙々と食べていた。
「お待たせ」
雄太君がオーダーしてくれたメニューを持ってきてくれた。「ありがと」と言えば「ホッケ、東堂好きだっただろ?」と言いながらお皿を置いてくれた。
「おにぎりじゃなくて白飯にしたからな」
雄太君の心遣いが嬉しかったのと北海道ならではのメニューに頬が緩んでしまう。札幌に来たらこういうメニューが食べたかったの。
「いただきます!…あつっ」
骨を取ろうとして魚に触ったら凄く熱かった。
「熱いに決まってるだろ、気をつけろよ」
お箸で大きな骨を取り除こうとしていると上手く出来なくて、魚に触ろうとすると熱くて触れなかった。
熱いうちに食べたいのに骨が取れない!!
「貸せ、イライラする」
葵がお皿ごと持って行くと器用に箸で骨を取り除き始めた。
私より器用だっていうのが面白くない。
「おまえ、その白飯を全部食べるのか?」
寛貴に言われて、雄太君が持ってきてくれたお茶碗を見ると、こんもりとご飯が盛り付けられていた。…雄太君、女の子はこんなに食べられないよ。
「無理」
「多い分を寄越せ、食べてやる」
取り皿に自分が食べられそうな量を取り分けて寛貴にお茶碗を渡すと「これ位は食べろ」とご飯を戻された。
「えぇ!?」
「これを食べたらアイスを頼んでやる」
「こんなに食べたらアイスが入らない」
取り皿を寛貴の前に出すと、じろりと睨まれた。
「体力が無いんだから、まず飯を食え」
寛貴のお説教が正論過ぎて返す言葉が無かった。寛貴まで涼先生みたいな事を言う!!
仕方なくご飯を口に入れると、寛貴がご飯の上に焼けたお肉を乗せた。
だから、お肉はもういいの…どうしてお肉ばっかり食べさせたがるの!?
「なんかさぁ…」
由利ちゃんの言葉に顔を上げると、相変わらず不機嫌そうな顔をした彼女が私を見下ろしていた。
「どうしたの?由利ちゃん」
「なんか…梨桜って東京に行って変わったね。私、ショックだな」
それだけを言って席に戻って行った。
私、変わった?前と同じだと思うけど…?
「骨、取れたぞ」
「ありがと。皆も食べない?」
そう言うと、四方から箸が伸びてきて、美味しそうなホッケは皆の口に入り、私も脂の乗ったホッケを味わった。
「美味しい」
チラチラと由利ちゃんがこちらを見ている。
彼女は明らかに私に対して腹を立てているのが分かるけれど、私にはどうしようもない事だし、正直関わりたくない。
だから私は見えてないフリ、気が付いていないフリをした。
「梨桜は何も変わってない。一々気にするな」
葵に言われて頷くと、愁君が「オレも梨桜ちゃんは昔と変わってないと思うよ」と言ってくれた。
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