背中合わせ (10)
スパから出て部屋に戻ると葵が「遅い!」と怒っていて、いつの間にか寛貴達が部屋にいた。
「お帰り~。って言いたいんだけどさ、梨桜ちゃんと宮野って同じ部屋なのか!?」
「そうみたいだね」
ホテルでチェックインしようとしたら、葵からカードキーを渡されて、部屋に入るとツインルームだった。
荷物も一つに纏めてきちゃったし、一人で寝ていて夜中に目が覚めると凄く怖いから葵と一緒の部屋で良かった。
そう思うんだけど、拓弥君は“信じらんねぇ”そんな顔をして私を見ている。
「どうしたの?拓弥君…いつもの事だよ?」
「宮野!おまえ」
「うるせぇ、変態妄想野郎」
訳の分らない言い合いをしている二人を無視してバスルームで着替えた。
「梨桜ちゃん、夕食を食べに行こうか。何が食べたい?」
「久しぶりに来たから、私は「肉、肉だ。梨桜、案内しろ」
せっかく愁君が聞いてくれているのに葵に邪魔をされた。
今日の私は魚の気分だったのに…
「オレも肉がいい。梨桜ちゃん、美味しい店に連れてって」
男の子ってお肉が好きだよね…だからそんなに大きくなるんだね。
ツインルームに大男が4人…凄い圧迫感だよ。
見ているだけでお腹一杯を通り越して気持ち悪くなりそうだよ。
「良く食べるね」
「普通だろ」
『肉』と言われて、タカちゃん達と良く行ったお店に連れてきたんだけど、その食べっぷりに呆れた。
何時もの事と言ってしまえばそれで済むかもしれないけれど、焼かれているお肉と、これから焼くお肉の皿、空になって積み重なっているお皿を見ると…気が遠くなりそうだった。
羊を一頭食べ尽しちゃいそうな勢いだよ…
「梨桜、もう少し食べろ」
寛貴が皿にお肉を乗せた。自分の胃袋と私のを一緒にしないで!
「何するの!」
「野菜も食べろよ」
「葵もやめて‥」
両脇の葵と寛貴が食べろと凄む。
食べる勢いが衰えない彼等を横目に見ながらメニュー表を取り、いつも頼んでいたメニューを探した。
あった…お肉は見ているだけでお腹一杯。私はいつもの…
「すみませーん」
店員さんを呼ぶとお兄さんが来てくれて…「鮭おにぎりとたこわさを一つずつお願いします」
メニューをパタン、と閉じると「あれ?」と頭の上でお兄さんが言った。
「東堂?」
見上げると、エプロンをした雄太君がいた。
「雄太君?」
ニコニコ笑っている雄太君。エプロンが似合っていた。
「オレここでバイトしてるんだ」
「そうなんだ、頑張ってるね」
久しぶりに普通の高校生の男の子を見たような気がする。
普通はこうだよね?
放課後は一生懸命アルバイトして、学校にもちゃんと行って‥‥
「“おにぎりとたこわさ”って…それだけか?」
「お肉はもう十分食べたから」
「裏メニューだけど魚もあるぞ」
「ホント?食べたい!」
雄太君は「お任せだけどな」と言い、厨房にオーダーを通してくれた。
「東堂、ちょっといいか?」
直ぐに戻って来た彼に手招きされ、葵達の視線を浴びながら雄太君に着いてお店の外へ出た。
「今日、もしかしたら尚人達が来るかもしれない。大丈夫か?」
尚人君達って由利ちゃんも来るの?
それは、嫌だな…
「大丈夫だよ」
そう言ってみたけれど、ちゃんと笑えてないような気がした。
「由利のこと、ごめんな‥あいつ東堂に嫉妬して張り合ってるんだ。中学の時から全然成長してないんだ」
雄太君が気にすることじゃないのに、優しいところも変わってないね。
「ありがとう、雄太君」
「尚人もさ‥ずっと後悔してる。あいつ、東堂が転校したって聞いてすげー落ち込んでた。今日会えたのも嬉しかったみたいだけど、友達の名前を呼び捨てにしてたろ?あれを見て尚人落ち込んでた」
「なんで?葵と寛貴のこと?」
「そう、それ。付き合っていても自分には君づけだったって」
未だに気にしているんだ…葵は別として、寛貴には脅されて凄まれて、名前を呼ぶようになったのに。
「尚人の事、許せないか?やり直すことは出来ないのか?」
「雄太君、許すとかそういうんじゃないの。尚人君との事はそういう風に考えられないよ」
「そっか…呼び出してごめんな」
「ううん、雄太君は友達思いだね」
雄太君は、尚人君と由利ちゃんの事を知った時に本気で怒ってたよね。自分の事じゃないのに相手の為に悲しんだり怒ったり…
尚人君は友達に恵まれてるね。
.