背中合わせ (9)
公園からホテルに戻り、葵にもう一度『尚人君に手を出さない』と約束させた。
「スパに行ってくるね」
「のぼせるまで入るなよ?」
「はいはい」
相変わらず過保護な葵に返事をして部屋を出た。
一人でゆっくり考えられる場所は最上階のスパしかなかった。
…まだ時間が早いからなのか、たまたまなのかスパには誰もいなくて貸切状態だった。
「疲れた…」
移動中にぐっすりと眠って体力を温存していたのに、使い切ってしまった気がする。
気持ちいい、お風呂大好き。
目を閉じると尚人君の顔が浮かんだ『何でだよ』尚人君の目がそう言っていた。
何で?
言いたくなかったの。私は卑怯だから逃げたんだよ。
『オレ、東堂の事が好きだ。付き合って欲しい』
中学3年の秋に告白された。尚人君の事は嫌いじゃなかったし、話をしていて楽しかったから告白を受けた。
『梨桜、って呼んでいいか?』
そう言われて頷いて、彼から『尚人』って呼んで欲しいと言われたけど、どうしても出来なくて喧嘩になってしまった事もあった。
あの時の私は唇を重ね合わせるキスをするだけで精一杯で、ゆっくりとしか進むことが出来なかった。
「…好き。だったよね…」
好きで尚人君と付き合っていたのか…今思うと分からなくなっちゃった。
お湯の中で両腕を伸ばした。
葵には言えなかった本当の事。葵だから余計に言えない…
受験生にとって冬は大切な時で遊んでばかりいられない。
尚人君は私が同じ高校に進むと思っていたみたいだけど、私は違う学校を志望していた。
志望校が自分と違う。それを知ってからの尚人君は焦っているように見えた。
『オレの事が好きならいいだろ』そう言って関係を先に進めようとしたけれど、どうしても受け入れることができなかった。
彼から伸ばされる手をどうやって拒もうか、そればかり考えるようになって、彼の近くにいるのが怖くなった私は理由を作って彼から逃げていた。
そんなとき、尚人君と友達の会話を偶然聞いてしまった。
『尚人、おまえひでぇ…』
『おまえを羨ましいと思っている奴は大勢いるのに我慢ができないなんて、バカだな』
気分転換をしよう。そう言っていつもとは違う場所でお弁当を食べていた体育館裏。
そこには私だけじゃなく、タカちゃんと円香ちゃんもいた。
ボソボソと聞こえてきた会話に、最初は何を言っているのか分からなかったけれど、円香ちゃんとタカちゃんの表情を見ていたら私にとって良くない話なんだって分かった。
『キス以上させないなんて、東堂も固いよな』
『まぁ、ヤラせてくれる由利に靡いたおまえの気持ちが分からなくもないけど?おまえ言ってたよな?『キス以上させない女なんて』って』
『るせぇな』
『…で?由利とヤったけど東堂とはどうすんだよ』
『別れたくない』
いつも鈍いって言われている私だけど、尚人君と友達が何を言ってるのか理解できた。
『由利はどうすんだよ』
『…』
『由利がそんなに良かったのか?』
気がついたら、円香ちゃんに抱きしめられていて、タカちゃんは凄く怒っていた。泣いている彼女を見ていたら、泣けなかった。
あの後、しゃくりあげる円香ちゃんの声に尚人君達が気付いて、私を見た尚人君の友達は気まずそうにしていた。
『梨桜、ごめん』謝る位ならあんなことして欲しくなかった。裏切られたと思って悲しかったし辛かった。
でも、何処かで安心している私もいたんだよね…
これで逃げ回らなくてもいい、触れられなくてもいい。って考えている自分に気がついた時に『もう、終わりにしよう』そう伝えたら、『別れたくない』その返事が返ってきた。
「あ…のぼせる」
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