背中合わせ (8)
「…」
『吐け』って言われても、何を言えばいいのか分からなかった。尚人君と向き合う覚悟はしたけれど、葵からの追及は考えてなくて…葵の顔を窺い見ると、私から目を逸らさずにジッと見ていた。
言うまで、解放してもらえないかもしれない。
「…さっきの男と付き合ってたんだな」
葵の一言が信じられなかった。どうして知ってるの?
「誰が言ったの!?」
「本人」
尚人君が言ったの?
どうしてわざわざ言う必要があるの?今は由利ちゃんと付き合っているんだから言う必要ないでしょう?
私が由利ちゃんとあの場を離れた、ほんの少しの間に何があったの?
「嘘じゃないんだな?」
真剣な顔で念を押されて、白状せざるを得なくなった。
「うん」
愁君に“一応”って言ったけれど、私は尚人君と付き合っていた。
「オレは聞いてない」
さっきまでのドスの利いた声とは打って変わって拗ねた声を出した。
聞いてないって…言ってないんだから当たり前でしょ。
「言ったら怒るでしょ」
「当たり前だ」
なにが『当たり前だ』よ、シスコンめ!
自分に彼女がいるかどうか今まで教えてくれた事なんか無いクセに。
葵は本当にズルいんだから。
「長く付き合ってたのか?」
「短かったよ」
ズルズルと葵にもたれた。「重い?」と聞くと、いつもなら文句を言うのに「別に」という言葉が返ってきた。
「アイツが、別れたつもりはない。って…」
葵の肩に頭を乗せて目を閉じた。
そんなことまで言ったんだ。あんな場所でなんていう会話してるのよ…呆れる。尚人君も尚人君だ、何を考えてるの?
「私には尚人君への気持ちは無いよ。それは彼にも伝えた」
「何があった?」
ホテルの手前でタクシーを降りて、緑が綺麗な公園に寄った。
部屋の中で話したら暗くなりそうだから、少しでも明るいところで話したかった。
「これしかなかったから我慢しろ」
ベンチに座って木を眺めていたら渡されたのはオレンジジュース。これも好きだよ、ありがとね葵。
私の隣に座った葵にもたれた。
「…尚人君とは中学3年の秋から付き合ったの。『付き合って欲しい』って言われて嬉しかったな」
家の近くにもこういう公園があればいいのに。茂っている緑を眺めながらオレンジジュースを飲んだ。
「でもね、受験勉強が忙しくて、尚人君と話す機会が無くなってきて…いつの間にか尚人君と由利ちゃんが親密な関係になってた」
葵がムスッと怒ったまま私を見ていた。
正直に話したのに…
「簡潔過ぎんだよ」
「ダラダラしてるの嫌いでしょ?要約してみました」
詳しく話したら、尚人君を殴りに行きかねないからね。
東京に帰ってから話しても遅くは無いかな。って思ったんだけど…「オレに誤魔化しが効くと思ってんのか?辻褄が合わねぇだろ!」と怒られてしまった。
そんなの…辻褄の合う事ばかりじゃないよ。葵だって分かるでしょ?
「おまえ、志望校にはA判定が出てただろ。余裕だったくせに、何が『受験勉強が忙しい』だよ?他の女と親密にするような男だって受験勉強が忙しいわけないよな?」
心の中で葵の真似をして“チッ”と舌打ちをした。
男のクセに細かい!!
「…怒らない?」
そう聞いたら思いっきり眉間に皺を寄せた。
「あぁ」
「嘘だ、もう怒ってる!」
「梨桜、いい加減にしろよ?」
「「…」」
葵と睨み合って、同時に溜息をついてしまった。
「私、尚人君とキス以上の事ができなかったの。でも、私の志望校が自分と違うって知ったら尚人君は焦ったように関係を進めようとしたの」
葵の顔から表情が消えてしまった。
私からこんな話を聞かされる日が来るなんて思わなかったよね?ごめん、と思いつつ話を続けた。
「どうしても受け入れられなくて、受験勉強を言い訳にして彼から逃げていたの。由利ちゃんは尚人君が好きだったみたいで、いつの間にかそういう関係になってた。私から別れたいって伝えたんだけど、納得してくれなかった」
「なんだよ、それ…」
『ごめんね、悪気はなかったの』それが彼女の口癖。あの時もそう言って尚人君を誘惑して奪っていった。
葵にもたれたまま見上げると「どうしてオレに言わなかった?」そう言って私の目元を親指で撫でていた。
私、泣いてないよ。大丈夫だよ?
「葵に相談したら…別れさせてくれた?」
「何だってしてやる」
優しいね。
葵の背中に手を回してぎゅうっと抱きついた。
「葵」
「ん?」
「私、尚人君と向き合う覚悟をして札幌に来たの」
抱きついたまま顔だけを上げて葵を見ると、不満そうな顔をしていた。
「だから、尚人君を潰そう。なんて思わないでね」
「…」
無言で目を逸らした。やっぱり潰そうって思ってたんだ?葵も充分、分りやすいよ。私の事を馬鹿にできないんじゃない?
「絶対にダメだよ。邪魔しないでね」
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