背中合わせ (3)
葵じゃない人の腕の中にいるのに安心している。
今までこんなこと考えられなかった。
「札幌で何かあったのか?」
「札幌には行きたいけど、会場の学校にはあんまり行きたくない」
ごまかしても言わされるだけだから正直に言った。
「理由は?」
「ケンカをして気まずい子がいるの」
そう言い切ると「そうか」と返事が返ってきた。
嘘じゃない。気まずい子がいるだけ
ケンカじゃないけど‥
「気まずいのは男か?」
ストレートに聞かれて、寛貴の背中に回していた手をギュッと握ってしまった。
「‥男と女。人数が多い学校だから会わないかもしれないし‥大丈夫」
会ったらどうしよう。
それしか考えていなかったくせに、心にも無いことを言っている私。強がりを言える位に落ち着いたらしい。
ポケットに入れていた携帯がメールの着信を知らせた。
「愁君かもしれない」
寛貴から体を離してメールを見ると、やっぱり愁君だった。遅い私を心配している。
早くおいでって言われていたのに遅くなってしまった。
「三浦?」
「うん、約束してたのに遅くなっちゃった」
もう一度、寛貴に抱き寄せられた。今日はこの腕に救われたような気がする。
「送る」
「…」
「…」
カフェで向かい合っている私と愁君。
腕を組み、長い脚を組んで私をじっと見ている。
「自分が今、どういう顔をしているか分かってる?」
「…分かってるよ。腑抜けた顔してるんでしょ?」
そう言うと、クッと笑い紅茶を一口飲んだ。
この王子様に誤魔化しは効かない。
「オレはそこまでは言ってないよ」
ティーカップに紅茶を注いでくれながら私をチラリと見た。
その長し目が凄くカッコ良くて、憂鬱だった事も忘れて見惚れてしまいそう。
「学校で何かあった?」
「ないよ」
追及を止めてくれない愁君から視線を外して紅茶を飲んだ。
美味しい…。
「…だよな、藤島が荒れてなかった」
「愁君、その判断基準おかしいよ」
フワフワのシフォンケーキを口に入れると、愁君が笑っていた。
「美味しい?」
ケーキをもう一口、口に入れた。紅茶とケーキに罪は無いから、美味しく頂こう。
「うん、連れてきてくれてありがと。…そうだ、愁君が札幌に行くのって、コレ?」
先生にもらった大会要項をテーブルの上に広げると、愁君は笑いながら頷いた。
「そうだよ。紫苑は不参加だって聞いたけど?」
「急きょ出場することになったって先生に言われたの」
「会った時から眉間に皺が寄っていた理由はそれ?」
指で眉間を伸ばしたけれど「遅いよ」とまた笑われてしまった。
「札幌に行きたくないっていう訳じゃないよね」
「…」
「梨桜ちゃんて、今まで男と付き合った事ある?」
今日、愁君に会ったのは間違いだったかも。どうしてこうまでも私は見透かされてしまうんだろうか?
「…」
「葵には言わないよ。言ったらオレにとばっちりが来るからね」
言うまで引き下がってくれなさそうな愁君。「本当に葵に言わない?」と聞くと、王子様は「言わないよ」と約束をした。
「一応、ある」
「一応?」
「うん。そういう事にしておいてくれる?」
ティーカップを持ちながら、愁君を窺うと「しょうがないな」と言いながら自分も紅茶を飲んでいた。
「オレ、梨桜ちゃんと札幌に行くの楽しみにしてるから」
そんな顔で言われたら“行きたくない”なんて言えないよ。
「ねぇ、愁君」
頬杖をついて、改めて愁君を見た。
爽やかな笑顔と甘い雰囲気の王子様。
「なに?」
「愁君の彼女になった人は幸せだね」
何が欲しいか、何を考えているか、常に先回りをして甘やかしてくれて…
こんな風に甘やかされたら蕩けてしまうかもしれない。
「彼女になってみる?」
ほら、こうやって甘やかしてくれる。でもね、ちゃんと分かってるよ?
「私は愁君の好みじゃないでしょ?」
「オレも命は惜しいからね」
「愁君、そういう冗談はイヤ。笑えないから」
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