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秋桜  作者: 七地
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背中合わせ (2)

「札幌ってどういうこと」


私の代わりに悠君が聞いた。

札幌。それは旅行?学校の行事?


先生を見ると、一枚の紙を目の前に置いた。

そこには大きく『弁論大会 高校生の部』と書かれていた。


「弁論大会?」


先生と寛貴が私の向かいに座った。

紙の裏を見ても特に何か書かれている訳でもない。

何かの冗談かと思ったけれど、弁論大会の大会要項だった。


「高校生を対象にした全国大会が札幌である。ウチの学校から3名出場することになった。東堂が前に書いた作品が良かったからそれをエントリーしておいたぞ」


弁論大会?そんなの書いた記憶がない。

…いや、あったかな?


「いきなり言われても‥私、書いたことすら覚えてないのに」


「東堂、頑張れよ」


先生は言ったけれど、そんなの無理だよ。

弁論大会なんて、興味もなかったし、見た事も無い。作文を読むの?何をどうするの!?


「梨桜ちゃん、札幌旅行楽しもうね」


隣を見るとニコニコと笑っていた。


「拓弥君も行くの?」


「出場者は藤島と大橋と東堂だ。オレが引率してやるから安心しろ」


族が弁論大会!?しかもこの二人が!?

…有り得ない


「なにをごちゃごちゃ考えてる?」


寛貴に言われてジーッとその顔を見てしまった。

総長が弁論大会…確かに進学校に通っていて、成績も優秀な生徒会長らしいけど、どんな顔して発表するんだろう?


「なんでもない」


言葉で論ずるよりも、視線と拳で黙らせる。そんな二人が弁論…

どう考えても、想像できない!


「今年は東青からのエントリーは?」


拓弥君が携帯で札幌のラーメン屋情報を調べながら先生に聞いていた。

気が早いよ、拓弥君。


「いつもの二人だ」


いつもの?…二人??

葵は札幌に行くことを『学校行事』って言ってたよね?


あの二人が弁論…葵は『うるせぇ!黙って言うとおりにしろ!!』それで事足りるよ。

進学校とはいえ、どちらの学校も人選を間違ってるよ!


信じられなくて、首を横に振っていると拓弥君が椅子に座ったまま天井を仰いだ。


「なんだよ、つまんねー!小舅2人かよ」


小舅って、葵と愁君?

拓弥君の凄い喩え方に唖然としていると先生は苦笑しながら頷いていた。

先生、肯定しちゃうんだ…


「来週だからな」


「先生、急すぎます」


抗議をすると、先生は腕を組みながらしみじみと言った。


「本当はな、この大会を辞退する予定だったんだよ」


どうして?寛貴と拓弥君を見ると、二人とも目を逸らした。

怪しい…


「出場する生徒が他校に殴り込みをかけたからなぁ…さすがにまずいだろ」


それって私の所為だよね…

こんなところでも先生に迷惑をかけていたんだ。先生、ごめんなさい。


「でもな、同じように殴り込みをかけた東青が出場するって聞いたら教頭がウチも出場するって言い出したんだ。アイツらに賞を持っていかれたら悔しいからな」


殴り込みをかけた…葵と愁君の事だね。

そんなところで張り合わなくていいのに…相変わらずくだらない事で張り合うんだね。


「梨桜ちゃんのいた高校ってここ?」


拓弥君が大会要項をトントンと指で指した。


「え?どれ?」


小さく書かれていた会場の高校名を見て『やだ!』と声を挙げそうになり、慌てて目をぎゅっと閉じて

堪えた。



嫌だ、行きたくない!!


会いたくない!

…会ってしまったら、どうしよう?



「梨桜ちゃん?」


拓弥君に呼ばれて顔を上げた。

何の話をしてた?…あぁ、私が通っていた学校かどうかだった。


軽く息を吐いて気持ちを落ち着かせた。


「この学校は違うよ。ここにタカちゃんが通ってるよ」


タカちゃんには札幌に行くって知らせた方がいいよね。

今日の夜に電話しようと思っていると、悠君がガタガタとテーブルを揺さぶり出した。


「オレも札幌に行きてぇ!!」


「残念だな悠。いい子で留守番してろよ?」


「拓弥さん、土産買ってきて」


2人のやりとりを見て笑った。

私が取り乱しそうになったこと、気づかれてないよね…




『資料を戻して来る』


そう言って資料室に逃げてきた。


「はぁ…」


書棚に額を当てて、ため息をついた。

よりによってあの学校が会場なんて…これは、逃げ出して来た事への報いなのだろうか?


「うぅ…」


唸ってみたところで変わらない。

懐かしい街に行くことは嬉しい。でも、会いたくない。


矛盾している思いを持て余している。


「脚立に登るなって言ったよな?」


何時の間に来ていたのか、寛貴が私を睨んでいた。

今の、見られていた?


「そんなに鈍くないって言ったでしょ」


口答えする私に手にしていた資料を机に置き、長い腕を私に伸ばした。


「降りてこい」


脚立を一段ずつ降りると、前のように途中で脇に手をかけられて床に下ろされると、そのまま引き寄せられた。


葵とは違う男の人の腕の中。

この腕の中に何時の間にか馴染んでいる私。


「行きたくないのか?」


大きくて、温かい。今はココにいるのが落ち着く。


「…なにが?」


何の事を聞いているのかわかったけれど、気付かないふりをしてしまった。


「札幌に決まってんだろ。今もさっきと同じ表情してるぞ」


肩に手をかけて私の顔を見ようとしている寛貴から目を逸らした。

きっと情けない顔をしている。こんな顔、見られたくないよ。


「…少しだけ、こうしていてもいい?」


寛貴の肩口に額をつけ、背中に手を回してぎゅうっとしがみつくと、あやすように背中を撫でられた。



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