Flowers (5)
愁君の家で涼先生に頼み込む私と、不機嫌そうにそれを見ている二人の総長様。
麗香ちゃんに泳ぎを教える。それだけだったのに「許可しねぇ」という寛貴の一言で大事になってしまった。
「涼先生、お願い」
安達先生が「主治医の許可をもらえ」と言い出して涼先生に連絡をしたら、そこから葵に話が伝わってしまった。
私が涼先生に許可をもらうために愁君の家に来たら葵に先回りされていて、何を言っても「ダメだ」としか返ってこない。
「涼先生」
「何回も同じことを言わせるな」
「葵に言ってない!」
「…」
白衣を着たまま、私と葵を交互に見る涼先生。
私が涼先生に「お願い」と言う毎に葵の眉間の皺が深くなっていく。
「おまえはまだ泳げないんだぞ、分かってるだろ?」
「分かってるけど…少しだけなら、だい「大丈夫じゃねぇんだよ!!」
いきなり怒鳴られて、ビクッと震えてしまった。
「そんな目で見たってダメなものはダメだ」
怖い…
こんな剣幕で怒鳴られた事は無かったから、驚いて涙が浮かんでしまった。
「…葵は、ダメしか言わない」
「溺れたら誰が助けるんだ?」
「…」
「万が一、助けるのが遅れて梨桜に何かあったらどうするんだ?一緒に居た奴はどんな思いをする?」
「…」
葵の問い掛けに返す言葉が無い。
本気で泳ぐわけじゃないから溺れない。それくらいにしか考えていなかった。
「ごめんなさい」
そう言うと、隣に座る葵が私の頭をクシャクシャに撫でた。
葵に手を伸ばすと「仕方ねぇ奴」と言いながら、ぎゅうっと抱き締めてくれた。
「泣く位なら最初からバカな事言うんじゃねぇよ」
だって葵に怒鳴られたから怖かった。
「葵の言う事はもっともだし、まだ泳げる状態じゃない。でも、梨桜ちゃんの気持ちも分からなくもないよな。ずっといろんなことを我慢して窮屈な生活を送ってきたんだ」
涼先生の言葉を葵の腕の中で聞いた。
「要は、梨桜ちゃんが溺れなければいい。そうだろ?」
「5代目…主治医が何を言ってんだよ。最初に無茶だって言ったのはあんただろ?」
寛貴が涼先生に言うと「今まで我慢してきたご褒美をあげてもいいかなって思ったんだよな」と呑気な声で言いながら笑った。
顔を上げて涼先生を見ようとすると、葵に頭を押さえつけられた。
「梨桜が諦めたのに余計な事言うなよ」
「ただでさえ我慢しなきゃいけない事だらけなのに、お前らの所為で余計に窮屈な生活を送ってる身にもなれよ」
「「…」」
顔を上げられないから見えないけれど、返す言葉が無いらしい二人。
「どうするって言うんだよ」
「オレの知り合いが支配人をしているスポーツクラブがある。そこのスタッフを一人、専属でつけてもらえば問題無いだろ。背中を痛めたらすぐに水から上げる。泳ぎも梨桜ちゃんとスタッフが教えればどんなカナヅチでも泳げるようになんだろ」
舌打ちが二つ聞こえた。
葵から顔を上げると、涼先生が葵と寛貴に向かって「ガキ」と言って鼻で笑っていた。
「縛り付けるだけなら誰にでもできんだよ。あんまり縛ると反発して逃げられんぞ?」
「水に入ってもいいの?」
涼先生に「おいで」と言われて、葵の腕から離れて涼先生の前に立つと「約束を守れるか?」と聞かれた。
「守ります!涼先生、ありがとう!!」
「兄貴も甘いよな」
愁君が言うと、涼先生は片眉を上げてニヤリと笑った。
「あ?オレは厳しいぞ。梨桜ちゃん、約束が守れなかったら強制的に京都に送るぞ。それを忘れるな?」
「守らせればいいんだろ?」
そう言った寛貴を葵が睨んでいて、その視線に気が付いた寛貴が睨み返していた。
この二人、同じ行動を取るクセに仲が悪い。
「梨桜ちゃん、約束を守れなかったら昼間に電話したことを実行するから。忘れないで?」
ニッコリと笑いながら言う愁君。昼間って…北海道に行く話?冗談じゃなかったの?
「愁君、そっちの方がよっぽど無茶で無謀だよ」
「そぉ?まぁ、梨桜ちゃん次第だよ」
今日の愁君の笑顔が一段と黒いような気がするのは気のせいじゃないような気がする。
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