Flowers (4)
「笠原、退け。梨桜が潰れる」
寛貴の不機嫌そうな声がして、拓弥君が私から麗香ちゃんを引き剥がしてくれた。
私の進学よりも、麗香ちゃんの進級問題の方が緊急で重大。先生は焦った様子で麗香ちゃんに詰め寄った。
「笠原、何があったのか先生に説明しなさい!」
悲しそうに眉尻を下げる麗香ちゃん。
「…体育の先生が単位をやらないって」
厳しい学校だから、単位を一つ落としても進級はできない。
学校に来るようになってから、彼女は真面目に授業にも取り組んでいたのに、体育の授業で何があったの?
「出席日数はギリギリだが足りているだろう」
先生も腑に落ちないらしい。
赤点も無いし出席日数も足りている。どうして単位がもらえないの?
「泳げないと、駄目だって」
「なに?」
先生が眉を寄せて聞き返した。
私も先生と同じく心の中で聞き返した。“泳げないと”って、水泳?
「泳げないと単位はやれないって言われたんです」
「…」
無言になる先生。
単位をもらえない理由はそれだけ?
隣に座っている彼女の顔を覗き込むと悲しそうに泣いている。
「麗香ちゃん、泳ぐって何メートル?」
「25メートル。私、泳げないの!!」
そう言うとまた泣き出してしまった。
「笠原、おまえ泳げないのか!?」
「泳げません!!インストラクターについて教えてもらっても無理なんです!」
なに?この学校は泳げないと単位がもらえないの?
拓弥君を見ると麗香ちゃんを“可哀想に”そんな表情で見ている。
「あの熊オヤジ、1年の女の子にも言ってんのか」
「どういうこと?泳げないと単位もらえないの?」
「梨桜ちゃんがプールに飛び込んで助けた体育教師の代理が熊オヤジだろ?アイツって夏は25メートル泳げないと単位をやらないって言い張るんだよな」
拓弥君の説明を受けて妙に感心してしまった。裏を返せば、泳げさえすればいいっていうこと?
「泳げない生徒は毎年地獄だな」
寛貴が続けて言うと、先生は「そういえば、オレの時も熊の授業で25メートル泳げなかった奴は地獄を見てた」ブツブツと言いながら頭を抱えてしまった。
体育の授業は受けていないからどういう先生か分からないけど“熊”先生の授業は厳しいんだ…
「私は出席日数もギリギリだから絶対に泳げないとダメだって言われたの!」
「先生は泳ぎ方を教えてくれないの?」
「教える訳ねぇよ。熊オヤジはプールサイドで叫んでるだけだもんな」
拓弥君の言葉に先生と麗香ちゃんが頷いている。
教えもしないのに「泳げ」って酷くない?
「麗香ちゃん、大丈夫だよ」
彼女の手を取ってニッコリ笑うと訝しげに私を見ていた。
「梨桜ちゃん?」
やだな、そんな顔で見ないでよ。
人間は浮くように出来ているんだから、練習すれば泳げるようになるよ。
「25メートルでしょ?簡単だよ」
麗香ちゃんは私の手をぎゅうっと握り返した。
「だって私、泳げないんだよ!!」
また、泣き出しそうに眉尻を下げている麗香ちゃんに「教えてあげる」と言うと凄く吃驚した顔で私を見た。
「梨桜ちゃん、泳げるの?」
「私、水泳部だったんだけど…話したことなかった?」
「えーっ!?体育に出ないから運動はできないと思ってた!」
まぁ、体育の授業に出ないからそう思われても仕方ない。でもね、本当に水泳部だったから泳げるんだよ!
「泳ぎは得意だよ。教えてあげる」
「私でも泳げるようになるのかな」
不安そうに言う麗香ちゃんの肩をポンポン叩いた。
「泳げるよ、水に浮けるようになれば大丈夫!毎日練習しよ!」
あ、なんだか楽しくなってきた。
また水に入れると思うとワクワクする。
「でも、許可を取らないといけないよね?勝手に梨桜ちゃんを借りたら怒ら…」
よし!頑張るぞ!と気合を入れようとしたら、真面目な顔をして変な事を言い出した麗香ちゃんの顔に手をかざして遮った。
「ちょっと待って麗香ちゃん!許可って…借りるって、何?」
誰に許可を取るの!?
「え、違うの?」
何か勘違いしてない!?
まさか、葵と寛貴に許可を取らないといけないとか思ってないよね!?
「違うから!」
放課後は強制的にチームに連れて行かれてるけど、許可はいらないから!
もし、許可を取るとしたら涼先生しかいないから!
「オレは許可しねぇぞ」
説明しようとしている私の隣から聞こえた低い声に振り返って抗議した。
「何で!?」
邪魔しないで!
寛貴を睨むと、『おまえはバカか?』そう言いたそうな顔で私を見ていた。
「何でって…水に入っている途中で背中を痛めたら溺れるだろ」
「本気で泳がないよ。麗香ちゃんが泳げるようにならなかったら、単位を落として進級できなくなるんだよ?」
「先生、それでもいいの!?」
水に入れるチャンスを逃してなるものか!
必死に食い下がると先生は腕を組んで難しい顔をしてしまった。
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