オトナの社会見学 (5)
「梨桜ちゃん!!オレ、マジでやべぇよ!」
「うるせーぞ海堂、黙ってやれ!」
右隣から葵の怒声。
「梨桜さんっ!分からないです!」
「小嶋、おまえバカだったんだな」
左隣からは寛貴の呆れた呟き。
コジ君と悠君は夏休み後に学力試験があるのを忘れていたらしく、前日に焦って私に泣きついてきて新学期早々騒がしい。
青龍のチームハウスで二人纏めて勉強を見ているんだけど、何故か寛貴と拓弥君も来て寛いでいる。
「コジ、赤点取ったら承知しねぇぞ」
「そうだな。幹部が赤点なんて、前代未聞だからな」
葵と愁君の厳しい言葉に引き攣るコジ君。
コジ君、これは愛の鞭だよ。頑張れ!
「悠、おまえも同じだからな」
頬を膨らませて拓弥君を軽く睨む悠君。相変わらず可愛い…
朱雀も青龍もチームの幹部が生徒会役員を務めるのが決まりだって言っていた。東青と紫苑は有名進学校。
コジ君と悠君はこのまま行くと、生徒会とチームの事を両立させられないんじゃないかって心配になってしまう。
「おい…」
葵が気の抜けた声を出した。
コジ君と悠君が顔を上げて珍しそうに見ている。
椅子にふんぞり返るように座っている葵は腕を組みながら私をじーっと見ていた。
相変わらず分りやすいね…
「手伝ってくれる?」
「…ああ。誰かに買いに行かせるから」
またすぐに人を使おうとして!
いつからこういう子になっちゃったのかな…
「私が行くから。下の子達を使わないで」
「なぁ、何の話だ?」
拓弥君が睨みあっている私達を交互に見ながら愁君に聞いていた。
「お前が行ったら時間がかかるだろ」
斜めに見下ろして言う葵にムッとして言い返した。
何よ、人が鈍クサイみたいな言い方して!
「一番文句言うクセに」
言い返せば更に鋭く見返して凄まれた。
「なに?」
なによ、本当の事じゃない!
味にうるさいんだから一緒に買い物に行ってくれるのが一番手っ取り早いって毎回言っても分からないんだから!
抓ってやろうと手を伸ばしたら、逆にヘッドロックをされてしまった。
「この姉弟喧嘩の意味が分かんねぇ…三浦、解説しろよ」
愁君が苦笑いを浮かべながら拓弥君に説明を始めた。
「多分、だけど…葵は腹が減ったから梨桜ちゃんに何か作れって言っていて、材料を下の奴等に買いに行かせるって言ったら……梨桜ちゃん、これで合ってる?」
頷きながら葵の腕をバシバシと叩いた。
苦しいっ!
「おい!梨桜ちゃんはオレ達に勉強を教えてくれてんだよ。邪魔すんなよ」
悠君が葵に向かってビシッと言うと拓弥君が「正論だな」と呟いていた。
「梨桜、出歩くな」
寛貴に言われて左を向いたら、フッと笑われた。
この前と同じあの顔…
つい、見惚れそうになっていると腕の力が強くなった。
「苦し…何でダメなの?」
「何でって、梨桜ちゃんは目立つから。この前も宮野と一緒に居た後、初代と手を繋いで歩いてたろ」
どうして知ってるの?
葵の顔を見上げると、眉根を寄せて私を見下ろした。…あれ?怒ってる?
「その日のうちに噂が回るんだよ。梨桜、変なところに連れて行かれたら連絡しろって言ったよな?」
「うん、電話しようか迷ったんだけど…」
「キャバクラは面白かった?」
拓弥君が言うと、悠君が目を丸くしていた。私も目が丸くなっているかもしれない。
そんなことまで話が伝わって行くの!?
「初代が連れて歩いたから余計に目立つ存在になったんだ。梨桜に興味を持っている奴は大勢いる。大人しくしてろ」
食材を買いに行ったら、それも噂が広まるの?“東堂梨桜が大根と豚肉を買った”とか言われちゃうの!?
それって怖いよね…
「梨桜ちゃん、分かった?」
拓弥君に言われて頷いた。
これからは、なるべく昼間に買い物をするようにする!
「梨桜ちゃん、キャバクラに行ったのか?まさか…体験入店じゃないよな」
「海堂!梨桜さんがそんな事する訳ねーだろ!」
コジ君が顔を真っ赤にして悠君の言葉を否定している。
悠君、心配しなくても大丈夫だよ。
残念だけど、私にはあんなに器用に可愛らしく振る舞うことは出来ないよ。
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