オトナの社会見学 (1)
夏休みも残すところあと数日。
悠君に頼みこまれて、夏休みの課題を手伝ってあげていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうんだよね、と終わってしまう夏に感傷的になってみようかと思っていたら、素敵なお誘いがあった。
『面白いところに連れていってあげるから可愛くしておいで』
珍しい人からのお誘いに「頑張って可愛くします!」と答えると涼先生は携帯の向こうで笑っていた。
大人な涼先生が連れて行ってくれる“面白いところ”きっと素敵なところだろうと思って楽しみにしていると
『涼と面白いところに連れていってあげるからこの前買った服を着て、可愛くしておいで』
慧君からも同じ事を言われた。『待ち合わせ場所には葵に送ってもらうように』とつけ足して慧君も携帯の向こうで笑っていた。
二人から可愛くしておいでって言われたから久しぶりに頑張ってみた。
慧君ご指名の服を着て、少しだけメイクもしてみた。
「涼先生と慧君、可愛いって言ってくれるかな、もう少し濃くした方がいい?」
グロスを塗り終えて背中のボタンを留めてくれていた葵に顔を向けると、葵は私を見てフッと笑った。
「慧兄が壊れるからそれぐらいにしておけ」
アイラインを引こうと思っていたけれど、止めることにした。
慧君が壊れるのは困るからね。
待ち合わせまで時間があったから葵と買い物をした。
相変わらずなんだけど、歩いていると凄く注目されて、学生は勿論OL風な大人の人も通り過ぎる人は葵を見ていく。
「男の視線がうぜぇ」
私には女の人からの視線が突き刺さってきて痛いんですけど…
イラついて、歩く速度が速くなっていく葵に着いて行くのに一苦労してしまう。
身長さと、足の長さを考えて歩いてよ!
こんなところで置いて行かれたくなかったから、葵の腕を強く引いた。
「待って、早いよ!」
立ち止まった時に、視界に入ったフラワーショップの軒先に置かれていた小さな鉢植え。
「これ可愛いね」
可愛い姿に、葵の手を握ったまま鉢植えの前にしゃがみ込むと、葵も隣で私の目線に合わせて鉢植えを見ていた。
一目惚れしてしまった小さな姫りんごの鉢植え。
買おうよ。と葵のシャツの手を引くと、葵は鉢を持ち上げて大きさを見ながら私を見た。
「どこに置く?」
まだ青いけれど小さな実をたくさんつけていて、冬までには可愛らしく赤く色づいてくれるだろう。
「リビング?」
「…そこしかないよな。リビングが殺風景だからいいんじゃないか?」
葵が会計してくれて、お店の人から鉢を受け取っていた。
「名前をつけて可愛がろうよ」
「却下」
上から目線で見下ろされて、「やだ、決めたの」と対抗すると
「梨桜のネーミングセンスは信用していないからダメだ」と真顔で言われてしまい、それを見ていたお店の人に笑われてしまった。
「バカにしてるでしょ」
「だってバカだろーが。恥ずかしい奴だな」
小突きあいながら待ち合わせの場所まで行くと、慧君が来ていて私達に手を振った。
「可愛くしてきたな?」
私を見て目を細めて微笑む慧君。
外で改めて見ると、我が叔父ながらとってもカッコイイね。葵と並ぶと迫力すら感じてしまう。
「あんまり変なところに連れて行くなよ」
葵から言われて慧君はニヤリと笑った。
「保護者が二人いれば大丈夫だよ」
「一番危ない保護者だろーが」
元総長二人のエスコートで連れて行ってもらえる『面白いところ』
葵の一言で急に不安になってきてしまった。
「葵、夜遊びは程々にしろよ?」
諭された葵は、慧君を見ながら笑っていた。
「慧兄にだけは言われたくないね。梨桜、変なところに連れて行かれそうになったら連絡寄越せよ」
「相変わらず生意気な奴だな」
変なところってどんなところ!?具体的に教えて!?
葵は気になる言葉を残して帰ってしまい、私はこのまま帰ろうかと迷っていると、慧君に手を取られて、夜の繁華街を歩いた。
「慧君、涼先生は?」
「少し遅れてくる」
少し歩くと慧君はある店の前で立ち止まった。
ネオンが輝くこの外装って…
葵、変なところってこういうところも含まれる?
「ここ、何のお店?」
想像がついていたけど念のために聞いてみた。
「女の子と甘いトークを楽しむお店」
やっぱり…何でここにくる必要があるの?男の人は楽しめるかもしれないけど、女の私が、しかも未成年が来ちゃイケナイ所だよね!?
「ここって男の人が楽しむお店でしょ?」
慧君を見ると、ニヤっと笑い私を中に入れた
「大人の夜の社会見学。保護者同伴だからいいんだよ」
それ、本当?
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