夏空 (2)
「あっちぃ~!!」
幹部室でカフェオレを飲んでいると補習帰りの悠君が部屋に入るなりソファに座った。
「自業自得だな」
拓弥君に言われて、むぅっとふくれる彼は相変わらず可愛い。
「腹減った…」
「お昼ご飯食べてないの?」
私が聞くと、可愛い顔でじっとみつめられた。これは…作って、という顔だよね?
「簡単なので良ければ何か作ろうか?」
そう言うと目をキラキラさせながら頷いていた。やっぱり可愛い!
今日は手の込んだモノは作れないけれど、そんな顔をされると頑張りたくなっちゃうよ。
悠君に「簡単なのだよ?」と念を押して、倉庫の向かいにあるコンビニ行き買い物をした。
「東堂さんて料理が上手いんだろ?」
一人で平気って言ったのに、心配性な寛貴に護衛をつけられてしまった。今回の護衛は飛澤君。ハンカチの彼女に憧れていた彼だ。
「そんなことないよ、普通だよ」
飛澤君は“ハンカチの彼女”に対する幻想が壊れたショックから立ち直ったのか最近は普通に話しかけてくる事が多くなった。
「悠さんが言ってた」
素麺と味がついている焼肉用のお肉と…サラダ。素麺にサラダと焼いたお肉を乗せるだけ。
本当に簡単な料理でごめんね、ミニキッチンに調理道具を揃えられたらもう少し手の込んだ料理を作るからね?
「焼肉と素麺?」
飛澤君が袋に入れられた食材を見て不思議そうに首を捻っている。
「男の子は素麺だけだと足らないでしょ?」
コンビニを出ると視線を感じた。駐車場に集まっている女の子達がこちらを見ながら何か話をしていた。
「東堂さん、行くぞ」
飛澤君に言われて信号待ちをしていると女の子達はまだこちらを見ている。
「あの女の子達は?」
「…あれは朱雀の追っかけ。朱雀のメンバーと話すチャンスを狙ってんの」
凄いね。
前に麗香ちゃんに朱雀の幹部がどれだけ凄いか。力説されたのを思い出した。
学校にいると女子生徒が少なすぎてつい、忘れちゃうんだよね。
「週末の夜になると凄ぇ集まってくる。って言ってもあいつらの目当ては幹部だけどな。…寛貴さんが一人で外に出るなっていう理由は彼女達でもあるからな」
「うん」
寛貴と葵から耳にタコができるんじゃないかっていう位に言われている言葉『一人で出歩くな』いつもは大袈裟だと思うけどこうやって、あからさまに敵意を向けられると納得できるかも。
「ねぇ!」
急に声をかけられ、腕を掴まれた。
「なに?」
驚いて振り返ると、濃い化粧をした女の子達がいて、気の強そうな子が私の腕を掴んでいた。
隣にいる飛澤君は彼女達の出方を見ているのか、何も言わずに成り行きを見ていた。
「あんたが生徒会の女?」
『おまえなんか嫌いだ』ハッキリと分かるような睨み方に気分を害したけれど、それを表に出さないように気を付けて言葉を返した。
「そうだけど…何か用事?」
そう言うと、ますます眉を吊り上げて私を睨んでくる。
「いい気になるなよ!」
「幹部に取り入ってんじゃねーよ!」
「朱雀のトップがあんたなんか相手にするわけないっ」
女の子は集団になると強気になるという事を久しぶりに思い出した。
彼女達は私に対する不満を次から次へと並べ立てた。
私の意思でここに居る訳じゃない。
彼女達を見返すと、「東堂?」と少し焦ったような飛澤君の声が聞こえた。
ハラハラしながら私を見ている彼に“ここで喧嘩なんかしないよ”と安心してもらうために笑みを向けたけれど、信用されていないのか、手にしていた携帯と私を交互に見ていた。
「聞いてんの?」
「あんた、目障りなんだよ」
彼女達に視線を戻すと、眉を吊り上げたまま凄まれた。
般若みたいで葵と寛貴に凄まれるよりちょっとだけ怖いかも。
「言いたいことはそれだけ?…なるべく考慮します」
二人に言って目立たないようにしてもらおう。そう決めて歩き出そうとしたら、肩をドン!と押された。
「「生意気なんだよ!」」
「ふざけんな!!」
数人に突き飛ばされた私はお尻をついて転んでしまった。
「いっ…」
背中に走った激痛に声も出せなくて、呼吸もできなかった。
「東堂!」
痛い、痛い!
油断した…
「…っ!!」
頭の上で女の子がごちゃごちゃと言っているけれど、飛澤君の「寛貴さん、東堂が…」
寛貴という単語だけがハッキリと聞こえて、手を伸ばして飛澤君が持ってくれていた袋に手をかけた。
「呼ばないで…」
“騒ぎが大きくなるから、呼ばないで”
呼吸が苦しくて全部を言う事ができなくて、またアスファルトの地面に蹲ってしまった。
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