或る夏の日 (1) side:コジ
「小嶋さん、愁さん、草むしり終わりました!」
「ご苦労さん。梨桜ちゃんが喜ぶぞ」
――ヤンキーが草むしり――
笑えるけど、マジな話。
梨桜さんが暇潰しで花壇を作ってから、オレ達は当番制で花壇の世話をしている。
“喜ぶ顔が見たいから”そんな理由で花壇は面積を広げつつある。
休日には梨桜さんも手入れをするんだけど、一緒に手伝いをする権利を手にする為に裏ではくじ引きの抽選会まで開かれているから凄いと思う。
今日の当番を引き当てたコイツは葵さんから梨桜さんが今日の花壇の手入れを休むことを言われて内心ガッカリしているんだろうな…不憫だ
もちろん、梨桜さんはこの花壇にそんな裏事情がある事は知らない。
「よぉ、スコップなんか持って何してんだ?」
いつの間にか近くに来ていた大橋と海堂が笑いながら見ていた。藤島は笑ってはいなかったが今日の草むしりの当番を見ていた。
夏休みに入ってすぐに梨桜さんは検査の為に入院してしまい、昨日やっと退院してきた。梨桜さんに付き添っていた葵さんが戻って来たのに合わせて、延期されていた定例会が今日ここで開かれることになった。
「青龍では家庭菜園でも作ってるとか?」
“まさかな”そんな笑いを向けられてムッとした。
「梨桜さんの花壇だよ」
家庭菜園ナメんなよ?
オレは、梨桜さんが自分達といつも一緒にいる事を強調した。
「この花壇は梨桜さんと一緒に作ったんだよ。だから皆で手入れしてんだ。ここで収穫した野菜で料理を作ってくれる約束だってしてるんだ」
そう言うと海堂の顔がマジになった。
嘘じゃない。どうだ、羨ましいだろ!そう思って海堂を見ているとゾクリと悪寒が走った。
悪寒が走った方を見ると、煙草を銜えながら藤島がすげぇ冷たい目でオレを見ていた。
率直に、怖ぇ…あの視線は葵さん並みだ。
「家庭菜園で梨桜ちゃんの手料理ね…悠、どう思う?」
腕を組んで考え込んでいた大橋が問いかけると海堂がポツリと呟いた。
「オレ、梨桜ちゃんが作った肉じゃが食いたい」
「だよな、梨桜ちゃんの料理ってマジ旨いよな」
「お前らなぁ、梨桜ちゃんは家政婦じゃないんだぞ」
愁さんが大橋を睨むと、奴は睨み返した。
「そんな事言ってお前はどうなんだよ?」
愁さんはニヤリと笑って藤島達を見た。この笑いは完全に挑発してるだろ…
腹黒王子は今日も健在だ。
「こんなところで暑くないのか?」
葵さんが煙草を吸いながらしゃべっているオレ達を見ていた。
隣には梨桜さんがいる。
っつーか葵さんが一番羨ましい。朝から晩まで梨桜さんが傍にいる。もちろん、食事だって一緒だ。
「梨桜さん、お帰りなさい!」
オレが言うと、ニッコリと笑った。会うのは夏休み前の定例会以来だ。
今日はパフスリーブのカットソーに肩ひもがリボンになっているワンピースを合わせて着ている。可愛い…
「ただいま!皆と会うのは久しぶりだね」
お見舞いに行きたかったけれど愁さんからダメだと言われて会いに行けなかった。
肋骨を骨折した怪我も殆ど治ったって聞いて本当に良かったと思う。
「梨桜、親父と何時に待ち合わせしたんだ?」
葵さんが梨桜さんのリボンを結び直しながら聞いていた。こういうのを素でやれるのって凄いよな…
「お昼に待ち合わせしたの。葵は行かないの?」
「1週間いるんだから、今日行かなくてもいいだろ?ウチに帰ったら居るんだし」
親父さんと出かけるんだ…久しぶりに会えたのにつまんねぇ
でも、外国にいる親父さんと久しぶりに会ったんだから、そっちを優先させなきゃダメだよな。
「送ってくる」
葵さんが愁さんに告げると梨桜さんがオレ達に向かって手を振った。
葵さんの腕に梨桜さんが手をかける。いつもの仕草。
可愛いよなぁ…オレもいつか彼女が出来たらあんな風に自然に歩きたい。
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