空木 (11)
「学生らしい行動を心がけるように。特に夜の繁華街…」
生徒指導の先生が熱心に夏休みの過ごし方を説いているけれど、真面目に聞いている生徒なんかいないんじゃない?
私の隣をチラリと見ると、何を考えているのか読めない顔で前を向いている。
大体、この人達に“学生らしい行動”があるのかが疑問だよね?
普段の登下校から学生らしくないんだから、夏休みの行動が学生らしい訳がない。
…あれ?それを言ったら私も同じ?
もしかして、私もいつの間にか学生らしくなくなっちゃってる?
高校生らしい生活…そんな生活はここしばらくしてない事に溜息が出た。
葵と寛貴に関係なく、あの事故から私の生活は大きく変わったんだ…
「どうした?」
小さな声で寛貴が聞いてきたけど、なんでもない。と首を横に振った。
「気分が悪くなったら言えよ」
優しいね。
寛貴を見上げて“ありがとう”と言おうとすると、少しだけ屈んで私の口元に自分の顔を寄せてくれた。
「ありがと。大丈夫だよ」
終業式後の定例会
互いの学校を行き来しているだけじゃなく、チームも行き来したんだから必要ないんじゃないかと思うけど続けられるらしい。
どうせ話を聞いても意味が分からないから、家庭科の課題の続きをやることにした。
「梨桜ちゃんて器用だよね」
愁君が机に頬杖をつきながら針を動かしている私を見ていた。
「小学校と中学校の時に手芸クラブに入ってたの」
「へぇ。こんなにテディベアを作ってどうするの?」
ボタンを目に見立てて縫いつけながら愁君を見た。
「この子達は愁君のおうちに行くんだよ」
キョトン、としている愁君も可愛い。
「え?…どういう意味?」
「家庭科の課題テーマは“誰かの為”なの。この子達は涼先生にお願いして小児科に置いてもらうの」
「そういう意味か…梨桜ちゃんが作ったテディベアなら、リビングに置いてあっても可愛いかもね」
王子様な笑みを浮かべながら愁君は言った。
やっぱり愁君の微笑みは癒されるね
「愁、ぬいぐるみなんてダニの巣だぞ」
愛想のかけらもない葵の一言に愁君はガックリと項垂れていた。
「おまえさぁ…」
「部屋にぬいぐるみがあったら邪魔だろ」
「愁君、気にしないで?葵って昔からこうだから」
葵は昔から現実的というか、夢が無いというか…確かにウチにはぬいぐるみの類は置かれていない。
「梨桜ちゃん、これ何?」
悠君が端切れ布を寄せ集めて作った小さなテディベアを手に取って眺めていた。
「端切れ布でパッチワークのテディベアを作ったの。携帯のストラップにしようかなと思ってたの」
「オレ、これ欲しい」
可愛い悠君とテディベアのストラップって意外に似合うかも
「いいよ、あげる。可愛がってあげてね」
早速携帯にストラップの熊をつけていた。実はうさぎのストラップも作っていて、それは麗香ちゃんが持っている。
「梨桜ちゃんの携帯ストラップって何?」
拓弥君に聞かれて携帯を見せた。
「誕生日の石だよ。ピンクサファイアのチャームがついてるの」
慧君が買ってくれた私の誕生日石がはめ込まれている可愛いストラップ。
葵は12月の誕生石のストラップを付けている。
「誕生日って、宮野と同じなんだよね」
拓弥君のしみじみとした言い方に笑ってしまった。
そりゃそうだよ、だって双子だもん
「当然だろ。おまえ、馬鹿か?」
「つくづく似てねェ双子だよな?まさかおまえもピンクサファイアのストラップとか言わねぇよな?」
お前には似合わねェ!と拓弥君が言うと葵は片眉を上げて睨んでいた。
「拓弥君、葵とはお揃いじゃないよ」
葵と拓弥君が睨みあっていて寛貴と愁君は呆れた顔をして二人を見ていた。
本当に、いい加減にしてよね…
「二人とも喧嘩しないで…」
大人気ないよ!そう続けたかったけれど、車が急ブレーキをかけた音が響き渡り、息を止めてしまった。
耳をつんざくようにタイヤが悲鳴を上げている音。
その先を聞くのが怖くて両手で耳を塞いだ。
――怖い――
イヤだ!!
ぎゅっと目を閉じて耐えていると
「梨桜」
耳元で葵の声がした。
「やだ」
耳を塞いでいた手を掴むと、私の視線に合わせて屈みゆっくりと言った。
「怖くない。大丈夫だ」
葵に大丈夫と言われても頷けなかった。
イヤ、怖いの。
…あの音はあの時を思い出してしまう。鉄の車体がひしゃげていく音とガラスが次々に割れる音…
「葵、…ふぇっ」
あの時の恐怖が蘇ってきて涙が溢れた。
「泣いたら痛むだろ?」
だから泣くな、と言われても涙は止まらなくて胸は痛んだ。
自分でもどうしたらいいのかが分からない。混乱して益々涙が出てくる。
「…ごめんなさい」
恐怖と、事故の後の悲しい出来事が一気に思い返されてしまう。
口をついて出てしまった言葉に葵は私を抱き上げた。
「悪い、外す」
葵が皆に言うと、生徒会室の隣にある部屋に私を連れて行き後ろ手に扉を閉めた。
「約束したよな?」
私をソファに下ろし、自分も隣に座ると私の目を真っ直ぐに見ながら、少し怒ったように言う葵に頷いたけれど、納得はできなかった。
「オレの言うことが信じられないのか?『ごめんなさい』なんて二度と言うな。いいな?」
私の涙を自分の指で拭いながら厳しい声で言う葵に返事をせずに俯いていると「梨桜」と呼ばれて頭を撫でられた。
「梨桜に謝られたらお袋は悲しむぞ?」
葵に手を伸ばすと、優しく抱きとめてくれた。
いつものようにぎゅっうってしてくれて、子供をあやすように背中を撫でてくれた。
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