空木 (10)
午後、女子生徒達は水泳の授業、私は家庭科室で先生のお手伝い。
お手伝いに洋服のサイズは関係あるの?
「失礼します」
「東堂、待ってたぞ」
家庭科室にいたのは、担任の他に教頭先生と生活指導の先生だった。
もしかして、“お手伝い”じゃなくて、私に対する生徒指導?いつの間にか私も問題児になってしまったんだろうか…
教室の入り口で立ち止まっていると先生に手招きをされて、中に入ると机の上にブラウスが並べられていた。
「夏服だけだと暑いと思ったからもう1着作ってみたんだ。東堂さんに試着してもらおうと思ってね」
教頭先生が言うと、担任からブラウスを手渡された。お手伝いって、これの事?
「試着して来てくれ」
先生に言われるままに着替えた制服の試作品。
セーラー服と同じ濃紺色のリボンがついていて、袖口には学年を示すであろうラインと校章が刺繍されていた。
「…これで少しは暑さから解放されますかね」
生徒指導の先生が呟くと教頭先生も頷いている。
この学校って女子生徒には甘いよね?確かにセーラー服って暑いなって思ってたけれど、ブラウスタイプの制服まで作ってくれるのって凄い。
「東堂、試着をした感じはどうだ?」
3人の先生に注目されて、笑ってしまった。今日は良く見られる日だね…
「セーラー服よりも涼しくて快適です。今日の授業はこの制服着ていてもいいですか?」
試着するなら、授業中や休み時間も過ごしてみないと快適かどうかは分からないよね。
私が聞くと、教頭先生がニコニコしながら言った。
「放課後にもう一度感想を聞かせてくれないかな?」
「ハイ、失礼してもいいですか?」
生徒指導の先生と教頭先生が満足気に笑っていたから、教室を出ようとすると安達先生が声をかけた。
「東堂、放課後に職員室に来いよ」
「はーい」
「梨桜ちゃん?」
涼しくて快適なブラウスを着たまま教室に戻ろうと、渡り廊下を歩いていたら声をかけられて、振り返ると体育の授業を抜けてきたらしい拓弥君と寛貴がいた。
「それ、どうした?」
寛貴と拓弥君の後ろには同じクラスの生徒達が地面に座ったり壁に寄りかかりながら休憩をしているのが見えた。
「夏服を作ったから試着をしてくれって言われたの」
「へぇ、可愛いじゃん。梨桜ちゃん、自習だろ?おいでよ」
拓弥君に手招きをされて辺りを見回したけれど、渡り廊下には窓枠がはめられているだけで、外に出るドアはない。
乗り越えるしかない?
「ヨイ…ショ」
窓枠に両手をかけて、膝を窓枠に乗せて乗り越えようとした。
胸と背中が痛まないように、そぉっとね?
「おい、梨桜ちゃん!?」
慎重に乗り越えないとね、落ちたら痛いからね。
「梨桜!」
慌てだした二人に「平気だよ」と声をかけ、後ろを振り返り誰もいない事を確認して窓枠に膝を乗せた。
「「やめろ!!」」
二人の声に吃驚して動きを止めた。
「梨桜ちゃん、心臓に悪いから止めてくれ」
私の方が心臓に悪いよ!吃驚した!!
寛貴と同じクラスの人は勿論、先生までこっちを見ていた。
「二人が大きな声を出すからクラスの人も吃驚してるよ?」
「誰がデカイ声を出させてんだ?」
寛貴に凄まれて笑ってごまかした。
総長のくせに心配性だね?
「…骨折してるのに無茶しないでくれない?」
だから、そぉっと降りようとしたんじゃない?大きな声を出したら吃驚して落ちちゃうじゃない!
「あのさ、この体制って結構キツイんだけど。降りてもいい?」
幅の狭い窓枠に片膝を乗せてバランスを取るのは難しい。腕も震えてきそうだよ
「梨桜」
寛貴に腕を差し出されて、その腕を掴むと私の脇に手をかけ、少しだけ力を込めた。
「痛むか?」
「大丈夫」
少しずつ回復してきているから今は痛くない。
寛貴の肩に手を置くと体が引き揚げられた。
「二度とやるなよ?」
地面に下ろされてギロリと睨まれた。
だって“おいで”って呼んだじゃない?そんなに睨まないでよ。理不尽だよ
「呼んだくせに」
「ったく…」
文句を言いたげな寛貴を見上げていると、もう一人の過保護な男を思い出した。
「寛貴、葵に似てきたね」
片眉を上げて怒ってる。
小言を言ったり、怒ったりするタイミングが似てきたよ。
「一緒にするな」
案外仲良くなれるんじゃない?
一回、腹を割って話し合ってみればいいのに。
「似てるよ」
もう一度言うと、怒った顔で私を見下ろしていた。
ほら、ムキになるところも同じだよ。
「冗談じゃない」
―-葵と寛貴って案外似てるトコあるよね―-
青龍のチームハウスで葵に言ったら、すっごく怖い顔で睨まれた。
「ふざけたことを言うのはこの口か?」
頬を摘まもうとする手を掴んで抵抗すると「生意気だ」と言って葵の膝の上に私を抱き上げられて苛められた。
「苦しいっ」
「苦しめるためにやってるんだからいいんだよ」
訳の分からない理屈を並べると、私の首に回した手に力を入れている。
葵の腕を叩いても力を緩めてはくれなかった。
「離して!葵!!」
「葵、梨桜ちゃんは怪我人なんだぞ」
愁君が言うと、腕の力は弱められたけど膝抱っこで羽交い絞めにされたまま…
コジ君は苦笑いを浮かべて私を見ていた。
このままじゃ愁君が買ってきてくれたゼリーが食べられない。
テーブルに向かって手を伸ばすと、葵はわざとゼリーを遠ざけた。
「葵、おまえって分かりやすい奴だな」
「愁君、呑気に見てないで助けて!」
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