空木 (6)
何か言いたげな葵の口に甘夏を入れて、甘夏をもう一つ葵の手に握らせた。
「コジ君、むいてあげるね?」
腕を骨折して手を使うのが不便そうなコジ君に甘夏を向いてあげるために葵の隣から移動して、コジ君の隣に座った。
「女の子が素手でむくには固いな…梨桜ちゃんていつも宮野にむいてもらうの?」
拓弥君が甘夏をむいていたけど「面倒だな」と言いながら途中で寛貴に押し付けていた。
「途中で止めんなよ」
「オレは食べる専門」
寛貴は文句を言いながら、葵は黙々と固い皮をむいていて、悠君とコジ君は呆然と見ていた。
甘夏をむいている総長二人…これって、貴重な光景かもしれない。
「梨桜、これもむけ」
「ん」
葵と寛貴から受け取った甘夏の皮をむきながらコジ君と悠君とおしゃべり。葵と寛貴達はまた難しい顔をしながら話をしていた。
「コジ君、夏休みはココに来れそう?」
“赤点を取ったら出入り禁止”葵が言い出した無茶な条件。彼の試験結果をまだ聞いていなかった。
「梨桜さんのおかげで平均点以上がとれました」
ニコニコ笑いながら言うコジ君に良かった、と胸を撫で下ろすと、隣から不満の声があがった。
「弟の友達に教えるって、まさかコイツ?」
悠君が親指でコジ君を指しながら聞いた。
「うん。毎日頑張ったもんね」
「ハイ、ありがとうございました!」
「へぇ…」
眉間に皺を寄せてコジ君を見ている。そういえば今回の試験結果ってまだ良く見ていなかった。
「悠君はどうだったの?」
何気なく聞いたつもりだったけれど、彼の頬がピクリと動いた。
この表情…もしかして、聞かない方が良かった?赤点をとっちゃった?
何も答えてくれない悠君にどうしよう?と思っていると、拓弥君が笑いながら私を見た。
「梨桜ちゃん、追試まで勉強教えてやって」
拓弥君に言われて、そちらを見ると寛貴と目が合いフッと笑われた。
「4教科だ。梨桜、頼んだぞ」
え、そんなに?
…短期間でできるかな
「梨桜ちゃん、頼む!」
悠君が両手を合わせて頭を下げられて頷いてしまった。責任重大だね?
「うん、いいよ」
そう言うと、悠君は顔を上げて笑顔を浮かべた。
やっぱり、可愛いね。私に笑いかけてくれる、またこの笑顔が見れて良かった。
「梨桜、携帯鳴ってる」
葵に言われたけれど、私の手は果汁でべタベタしていて電話を受け取ることができなかった。
「誰から?」
携帯のディスプレイを見ながら葵は渋い顔をした。
「矢野。…メールの着信だ」
タカちゃん?
どうしたんだろう…
「手を洗って来るね」
葵の隣に座ってタカちゃんからのメールを読んだ。
“円香に聞いたぞ。事情は分かったけど、あのメールにはマジで驚いた。とんでもねぇ男だな”
彼のメールに返信を打った。
タカちゃん、その『とんでもない男』は今隣に座って私がむいた甘夏を食べているんだよ。『別に急いで答えが欲しい訳じゃない』って言われたんだけど、その言葉に甘えてもいいと思う?
---なんてね。そんなことをメールで返せるわけもなく、“私もびっくりしたよ!”と無難な文章を入力してから“東京に来るんだよね?円香ちゃんと一緒だね♪”と入力して送信した。
「なにニヤケてんだ」
葵に顔を覗き込まれて、さり気なく携帯の画面を葵から見えないようにずらして答えた。
「タカちゃんと円香ちゃんがこっちに来るって言ったでしょ?“円香ちゃんと一緒だね”ってメールしたの」
「意味が分かって言ってる?」
拓弥君がマジマジと私の顔を見ながら言った。
失礼な…私だって分かるよ!むぅっとしながら拓弥君を見たらニヤッと笑われた。
「いつ来るの?矢野君に会ってみたいな」
愁君に聞かれて、円香ちゃんとの会話を思い出した。
…タカちゃんを彼等に会わせるのは気が引ける。タカちゃんは普通の生徒なんだから。
「夏休みに入ってすぐって言ってたよ」
「梨桜、忘れてないよな?」
葵に言われて、涼先生から言われていたことを思い出した。
検査入院…
「日程が重なったらどうしよう?」
葵は“オレに聞くなよ”そんな顔をしながら眉を顰めた。
「どうしよう。って、検査の日は決まってるだろ?梨桜から矢野に検査入院があるって伝えればいいだろ」
葵に言われてタカちゃんにメールをした。
「梨桜ちゃん、入院するの?」
「うん。検査だけだから心配しないで」
心配そうな顔をした悠君に大丈夫だよ。と笑顔を向けた。
「予定が立て込みそうだな」
今のところ分かっている予定を一つずつ確認した。
「検査入院と、タカちゃんと円香ちゃん。オープンキャンパスでしょ?パパもイギリスから帰って来るよね」
「慧兄と鎌倉のじーさんの家にも行くだろ」
そうだった。私が海に行きたいって言ったんだ。
…夏休みは忙しいね。それまでにしっかり怪我を治さなきゃ。
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