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秋桜  作者: 七地
124/258

空木 (5)

『…それより、夏休みにタカと一緒に大学の下見に行く事にしたの。会えない?』


壁って何だろう?と考えていると円香ちゃんはいきなり話題を変えてきた。

大学進学を考える時期なんだね、私も事故に遭わなかったら同じように東京に来ていたかもしれない。


円香ちゃんに「いつ来るの?」と聞くと、う~ん…と考えながら『多分、夏休みに入ってすぐかな』と答えた。

ふと思い出したんだけれど、円香ちゃんのお父さんて凄く厳しい人だよね?大学の下見とは言っても、男の子と一緒に東京に来るなんて許してくれないんじゃない?


「円香ちゃん、お父さんはタカちゃんと一緒に東京に行くことを許してくれたの?」


『…』


「もしかして、言ってないの?」


珍しく無言になってしまった彼女に聞くと、力の抜けた笑いが返ってきた。


『それよりも東京に行ったら写真の男に会わせてよね』


話しを逸らしたところを見ると、許してもらっていないんだね…タカちゃん、頑張れ!


『絶対だからね!』


念を押されて、円香ちゃんが寛貴に会った場合の事を考えた。

…想像すると怖いから会わせたくないな。


「なんで?」


『一言、言ってやりたいからよ』


…円香ちゃんらしい答えが返ってきて苦笑してしまった。相変わらず怖いもの知らずなんだから。タカちゃんも大変だね?


「聞いてみるけど、期待しないでね」


『ねぇ梨桜?』


急に声のトーンが変わり、少し低い声で優しく呼びかけられた。


「ん?」


『答えたくないなら返事はしなくてもいいよ。私の独り言だと思って?』


優しい声で言う円香ちゃんに「うん」と答えて彼女の言葉に耳を傾けることにした。

何が言いたいのかは分かってる。


『この前、偶然アイツに会ったの。梨桜の事聞かれたんだけど、私「ふざけるな!」って怒鳴っちゃった。隣にタカがいたから止めてくれたんだけど、いなかったら殴っていたかもしれない』


怒鳴りつけるなんて、円香ちゃんらしいね?

タカちゃんも必死で止めたんだろうな…焦る彼の顔が想像できて笑いそうになってしまった。


『アイツは…自業自得のクセに、梨桜の事が忘れられないみたい。散々、梨桜の事を傷つけたのに、自分が傷ついているって思ってるんだよ。…バカだよね?』




他愛無い話をしてから電話を切って部屋に戻ると、愁君がお茶を用意してくれていた。

ずっと話ていたのと、暑さのせいで喉が渇いていたから一気に飲み干すとお代わりを出してくれた。


「円香ちゃんがタカちゃんと一緒に大学の下見をするために東京に来るんだって」


お皿一杯に盛られた苺を摘まんで口に入れると葵が興味無さそうに頷いていた。

今日は果物が沢山並んでいる。どうしたんだろう?

しかも、私の好きな甘夏もある。


「これ、食べてもいい?」


大きな甘夏を手に取って香りを楽しんでいると愁君がニッコリと笑った。


「梨桜ちゃんは柑橘類も好きなんだよね?」


「うん、果物は好きだよ。こんなに沢山あるなんて凄いね」


葵の手に甘夏を乗せるといつものように外皮をむいて、実を二つに分けてくれた。


「ありがと」


円香ちゃんの独り言を思い出しながら、皮をむくことに没頭した。




――梨桜の事を傷つけたのに、自分が傷ついているって思ってるんだよ。…バカだよね?――



私、タカちゃんにも円香ちゃんにも話してない事がある。

傷つけられと思っていたけれど、それは逆で私が傷つけていたのかもしれない。彼にあんな行動を取らせてしまったのは私の所為。



彼の事を思い出していると、唇に何かが触れた。


「何してんのお前」


口を開けると甘夏が入りこんできて、軽く噛むと酸味のある果汁と爽やかな香りが口の中に広がった。


「甘夏の皮をむくだけなのに何で眉間に皺が寄ってんだよ?」


甘夏を飲み込むと、葵がまた、口の前に持ってきたからパクリと食べた。

美味しい…


「つい…」


笑って誤魔化すと、葵は疑わしい目で私を見ていた。


「美味しいよ?」


むいていた甘夏を葵の口に持っていくとパクリと食べた。


「皮むきながら、トリップするな」


トリップしてたんじゃないよ。狡い自分の過去を思い出して自己嫌悪に陥りそうになってたの。



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