眠り姫と攻略法 (3)
「梨桜!」
肩に湿布を貼ってもらい、一人で着替えていると慧君に大きな声で呼ばれた。家の中でこんなに大きな声を出すなんて珍しい事だったから、急いでリビングに行きたかったけれどゆっくりとしか歩けなかった。
「梨桜!」
廊下を歩いているともう一度と呼ばれて「はーい」と返事をしたけれど、不機嫌そうな慧君の声に首を捻った。
何かあったの?
「慧君どうしたの?」
リビングに行くと不機嫌そうな声の通り、慧君が怖い顔をしていた。
「慧君、怖い」
思わず言ってしまうと、慧君はますます機嫌が悪くなってしまった。
何があったのかが分からなくて皆を見ると、葵はキッチンの中で可笑しそうに笑っていて、寛貴は何故か憮然とした顔をしていた。
拓弥君と悠君は笑いを堪えている。本当に、何があったの?
葵は笑っているだけで、答えをくれそうにないから愁君に視線を移すと、ニッコリと笑ってテーブルを指差した。
愁君の指す方を見ると大きな段ボール箱が置いてあった。愁君の笑顔が…いつもと違う?
「梨桜ちゃん、矢野敬彦っていう人から荷物が届いたよ」
その名前を聞いて、慧君の不機嫌そうな顔も愁君の黒い笑顔も頭から吹き飛んだ。
「タカちゃん!?」
タカちゃん + 段ボール は美味しい物が詰まっていると決まっている。
段ボールに駆け寄ってガムテープを剥がそうとしたけれど、ガッチリと梱包されていてなかなか剥がせなかった。
「貸せ」
寛貴に言われて場所を移ると、寛貴は勢い良くテープを剥がして梱包を解いた。
何が入っているのか、考えただけでワクワクする。
「中身を出すのか?」
「うん!」
箱を開けて、中に入っていたものを見て、頬が緩むのを止められなかった。
「タカちゃん最高!!」
タカちゃん大好き!!
「すげーな」
寛貴もそう言いながらテーブルの上に並べてくれた。
ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリー。それからアスパラガスとメープルシロップ。
私が好きだったケーキ屋さんの焼き菓子の詰め合わせ。
「カニじゃないんだ…」
ガッカリしたように言う悠君が可愛かった。相変わらず可愛いね?
「タカちゃんの伯父さんが農園を経営していて、この季節になると野菜を送ってくれるの」
悠君に説明すると、あまり興味がなさそうに頷いていた。
毎年お願いをしてアスパラを送ってもらっているけれど、今年はたくさんのおまけがついてきた。代金を支払っている以上の品物が届いて申し訳がないくらいだ。タカちゃんと伯父さんに、ありがとうの気持ちがたくさん詰まった御礼を考えよう。
「梨桜の同級生なのか?」
「うん、クラスと部活が同じだったの。タカちゃんは面白くて優しいんだよ。葵も会ったことあるよ」
慧君がまだ不機嫌そうにしているから、“葵も知ってる人だから大丈夫だよ”と教えてあげると頷いていた。慧君は心配性だね、結婚して娘が生れたりしたら大変そう。
ラズベリーを摘まんで口に入れると慧君が眉を顰めた。“行儀が悪い”って目が怒ってる。
「まだ何か入ってる」
箱を覗き込むと、寛貴が箱の底から輪ゴムで束ねた紙を手に取ろうとしていた。
「メモがついてる」
まだ箱の中に入っているそのメモを読んで、私は慌てて紙の束を寛貴から取り返した。
これは、葵に見つかったら厄介だよ!?
「…」
箱の底に紙の束を置いて、段ボールの蓋を閉めたら寛貴から冷たい視線を向けられた。
この顔は、寛貴もタカちゃんの書いたメモを読んだよね…
タカちゃんのメモには『東堂宛の手紙だ。渡したからな!捨てるなり連絡するなり好きにしろ』と書かれていた。
前から受け取らないでってお願いしていたのに!!わざわざ送らなくてもいいじゃない!?
「梨桜、挙動不審だぞ?」
「何でもないよ!」
慧君の言葉に笑ってごまかし、寛貴の隣に座りテーブルに乗せられていた紙袋を開けて中に入っていたものを取り出した。
「あ…」
中に入っていたのは、もう二度と見ることができないと思っていた写真だった。
写真を見ると、この時の想いが蘇ってくるのと同時に、嫌でもあの時の事を思い出した。
「梨桜?」
写真を慧君に渡すと、慧君は私の顔を見て眉尻を下げた。
「この写真は、去年事故に遭った時に持っていた携帯に入っていたカードに保存されていたの。携帯が滅茶苦茶になったから諦めていたのに、タカちゃんが」
ここで泣いたら皆を困らせるとわかっているのに、涙がポロポロと流れてきて止められなかった。
「これが欲しかったの。でも、無理だって諦めてたの」
警察から返してもらった、ぐちゃぐちゃに壊れた携帯を見て『諦めるな』って言って笑っていた彼が、言葉の通りに写真にしてくれた。
この画像の中にはママがいるの。
携帯で撮った写真の中のママは、私と葵の間で楽しそうに笑っている。
どうしても、これが見たかった。
「梨桜?」
去年の夏休みに東京に行って…それが最期になるなんて思いもしなかった。
どうしてママは死んじゃったの?
この時はこんなに元気だったのに。
―――私の所為?
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