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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹@書き専
【Case1】病死したアイドル画家の謎
7/48

【4】



 歪んだ笑みを浮かべた吉野さんは、スポーツバッグの肩紐の位置を整え直し、ひらりと右手を挙げた。


「じゃあな。オレが有名になったら『吉野と喋ったことがある』って自慢してくれていいぜ」

「そうさせてもらいます。また機会があれば展示を見に行きますね」

「社交辞令はいらねーよ。ルイの絵を称賛する奴に本物の才能(・・・・・)は理解できねーさ」


 踵を履き潰したスニーカーをパタパタと鳴らしながら、吉野さんが去っていく。彼の背中が遠ざかったところで、春斗くんが私の前に回り込んできた。


『感じの悪い人でしたねー』

「さっきは『すごーい』とか褒めてたくせに」

『そうでしたっけ? 記憶にないなー』

「あ、そう。それにしても随分ナルシストな人だったね。『世界が俺の才能に気付いてない』なんて」

『あの物言いだと、売れっ子だったルイに嫉妬してた可能性もありそうですね。実はライバル関係だったとか』


 吉野さんにもらった習作に目を落とす。

 春斗くんも覗き込んできた。


『ホントにルイの直筆なのかなー。ルイっぽさは全く感じられないですけど』

「嘘を言ってるようには見えなかったけどな。先に天海ルイの名前を出したのは私だし、都合よく《Louis》なんてサインの入った絵を持ってるとは思えないよ」


 というわけで、この絵は本物だという結論に落ち着いた。習作を四つ折りにし、ウインドブレーカーのポケットにおさめる。すっかり冷えてしまった身体を軽いジャンプでほぐした。


「私も行くよ。日が沈む前には帰りたいから」

『そっか、ジョギング中だったんですよね。俺は適当に散歩と取材を続けるので、また近いうちに会いましょう』


 春斗くんが鼻歌交じりで歩き出す。

 良いフレーズが浮かびますようにと祈りつつ、私もジョギングを再開した。



+ + +



 星ひとつない暗い夜。

 遠くに見える山が燃えている。

 私は小高い丘の上から、その様子を眺めていた。

 ただ、呆然と。


「助けて」


 ふとそんな声が聞こえ、振り返る。

 私の後ろに枯れた大木が立っていた。

 太い枝には、若い男性がロープで逆さ吊りにされている。

 彼の顔は苦痛に歪み、瞳からは鮮血の涙が流れていた。

 嫌だ。

 助けて。

 苦しい。

 死にたくない。

 悲痛な叫び声が脳内に響き渡り、眩暈がした――。



+ + +



 ハッとして上半身を起こす。

 視界に部屋の壁が映り、夢を見ていたのだと気付いた。夢見が悪かったせいか、心臓がバクバクと蠢いている。カーテンの隙間からは太陽の光が差し込んでいた。


 枕元にあるスマホを取り、時間を確認する。

 午前十一時を回っていた。

 今日は日曜。バイトは午後四時からでアラームをセットしなかったとはいえ、随分ゆっくり眠っていたようだ。


『凛花さーん』


 突然の呼び声にビクッと震える。

 玄関の方から聞こえた声は春斗くんで間違いない。


『お邪魔しても良いですかー?』

「ま、待って、まだ駄目! 上がりたいなら三十分後くらいにして!」

『はーい』という返事を最後に部屋が静まり返る。溜め息をつきつつ布団をはぎ、ベッドから降りた。


 正午近いが室内は冷え切っているため、エアコンの電源を入れる。その足でトイレ、洗面所、キッチンと順に向かい、お茶を注いだマグカップを手に部屋へ戻った。

 あとで春斗くんが再来訪するはず。

 着替えてファンデーションを塗るくらいのことはしておこう。


 バイト用の格好――白いブラウスと黒のパンツに身を包み、朝食兼昼食のバタートーストを食べながらタブレットでニュース記事をチェック。起床から一時間ほど経過したところで春斗くんが訪ねてきた。『どうも』と爽やかに挨拶した彼が、私の正面に胡坐をかく。


『あれ? 凛花さん、なんか元気ないです?』

「怖い夢を見たんだよね。遠くの山で火事が起きて、それをぼんやり眺めてて……」

『山火事? もしかしてそれ、吉野さんにもらったルイの絵の影響で?』

「……そっか、たぶんそのせいだ。昨日の夜、吉野さんのことを調べてみたんだよね。私たちが疎いだけで、現代アートの世界ではそれなりに名の通った人なのかもしれないと思って」

『結果、どうでした?』

「《美術 吉野》とか《ホラーギャラリー魔界 吉野》とか《ホラーアーティスト 吉野》とか思い付く限り検索してみたけど、あの吉野さんらしき人のことは分からなかったよ」

『じゃあやっぱり、有名な人じゃなさそうですね』


 吉野さんにもらった習作はチェストにしまっておいた。捨てるわけにはいかない、だからといって飾りたいものでもないから。


「ところで春斗くん、何でうちに来たの?」

『今日は仕事ですか?』

「うん。三時半から閉店まで」

『じゃあ今日の計画実行(・・・・)は無理か』

「何、その不穏なワード」

『頼みがあるんですよ。歌詞の件とは別で』

「……なんか急に嫌な予感がしてきたんだけど。もしかして幽霊絡みで何か頼もうとしてる?」

『おぉー。凛花さん、察しが良いですね』


 春斗くんは朗らかに拍手しているが、どう考えても面倒事だ。聞かなかったことにしようと思ったが、彼は私の返事を待たずして話を進めた。


『俺と一緒に来てほしいんです。中総(ちゅうそう)の中にある美術館まで』


 中総――中央総合公園か。

 アパートから車で十分くらいの場所にあり、何度か訪れたことはあるが、美術館へ踏み込んだことはない。


『実は、その美術館で幽霊の女の子と出会いまして。その子が抱えている未練を解消してあげたいなって』

「……そんな気はしてたよ。私のことは、もうその幽霊に話しちゃったの?」

『はい。「人間の友達がいるから何とかしてくれるよ」って』

「勝手に友達を名乗らないでよ。そんな期待だけさせちゃって、『やっぱり協力できないのでさようなら』なんてことになったら目も当てられないじゃん」

『何のアテもないのに引き受けたわけじゃないですよ。この内容なら凛花さんも協力してくれるかな、と思ったので』

「……どんな未練なの?」

『その子、ルイのファンなんですよ。俺と違って、かなり熱心な追っかけらしいです』


 彼女の名前は美琴(みこと)ちゃん。

 高校三年生の美術部員。

 美琴ちゃんは天海ルイの大ファンで、お小遣いの全てを彼につぎ込んでいた。自室には絵画のポスターをいくつも飾っていたそうだ。天海ルイの写真や絵に囲まれた部屋が、彼女にとって一番の癒し空間だったという。


『ルイの死亡ニュースを知ったとき、美琴ちゃんは目の前が真っ暗になったらしくて。放心状態でふらふらと歩いていて、赤信号に気付かず道路に出たところを車に』

「……そんな切ない話を聞いちゃったら、スルーってわけにもいかないよね。私にどんな協力をしてほしいの?」


 ここで登場するのが、さっき話題に上った習作。美琴ちゃんは『もっと天海ルイのことを知りたかった』という思いでこの世に留まっているそうだ。(くだん)の習作は公に発表されたものでなく、ファンにとって貴重な資料。美琴ちゃんに習作をプレゼントしてあげよう、というのが春斗くんの計画らしい。



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