【18】
『詩織、そこにいるの? 私、那奈だよ! 聞こえる?』
『うるさいっ! わたしのことを殺したくせに友達ヅラしないでよ!』
那奈さんには声が聞こえないようだ。負のオーラしか伝わらないのであれば、私が状況説明していくほかない。
「詩織ちゃんは今、那奈さんの声を聞いています。詩織ちゃんの発言は……私が代弁しますので。辛いと思いますが受け取ってあげてください」
事故当日の話を掻い摘んで説明したのち、詩織ちゃんの本音を口にする。那奈さんは泣き出してしまい、多大な罪悪感に苛まれたが、詩織ちゃんを鎮めるためにやむを得ないことだと言い聞かせた。
『詩織……ごめんね。私が調子に乗って危険な場所に連れて行ったから』
『謝られたって意味ない! わたしは死んじゃったんだもん! 那奈は好きな人と結婚して赤ちゃんまで産んで、自分だけ幸せになるなんてずるい!』
悲痛な叫びが胸に刺さる。
それでも彼女の言葉を代弁しなければならない。
できるだけそのまま、詩織ちゃんの気持ちを伝えた。
『詩織が思うほど幸せなことばかりじゃないよ。結婚生活も長く続かなかった』
『友達を見捨てる性格だから好きな人にも嫌われたんでしょ?』
何とも伝えにくい内容だがそのまま口にする。那奈さんはすぐに『違う!』と反論した。
『私は詩織を見捨てたりしてない! ずっと大切に想ってた!』
『嘘つくなっ! だったら何で自分だけ助かろうとしたの!? 一緒に落ちれば良かったのに!』
詩織ちゃんの身体が点滅する。
あっという間に薄れていく姿を注視しつつ代弁しようとしたが、電話の向こうから声が聞こえたため耳を澄ませた。
随分とノイズが酷い。
テレビか何かの音声だろうか。
《表彰状 金賞
夏川高校三年 佐伯那奈殿
あなたは 第二十二回 全国高校生創作コンクール
手芸・衣装部門において
頭書の成績をおさめたので ここに賞します
――こちらが入賞した浴衣です。大変素晴らしいですね。作品名【詩織】に込めた想いも、きっと天国の親友へ届くでしょう。》
――ふっと詩織ちゃんの顔に冷静さが戻る。
その瞳からは動揺が感じられた。
『なに、今の……。わたしの名前?』
『今の音声は詩織に届けたくて、担任の先生に撮ってもらった動画……全校集会で行われた表彰式だよ。もう忘れちゃったかもしれないけど、高校では一緒に手芸部に入るって約束したよね』
『だ、だけど、それはわたしが手芸好きだからでしょ? 那奈は全然興味なかったじゃん。わたしが死んだら一人で入る意味なんかないのに何で……』
『だって、一番好きな人との約束だもん。絶対叶えたいよ』
愛おしそうな優しい声。
那奈さんの想いは本人に届いたのではないだろうか。
ぼやけていた詩織ちゃんの姿が、急激に色を取り戻し始めた。
『詩織が亡くなったあと噂が広まって、学校でいじめに遭ったの。「人殺し」って机に落書きされたり、那奈に近付くと呪われると言われたり……どこにも居場所がなかった。でも詩織のご両親は、一度たりとも私を責めなかったんだ。本当は誰よりも私のことが憎かったと思う……それなのに「ちゃんとご飯食べてね」って、独りぼっちの私に声を掛けてくれた。自分にも娘ができた今、その対応がどんなに難しくて苦しいことだったか、ようやく分かった気がする』
詩織ちゃんの目から涙がこぼれ落ちる。
私まで釣られて涙腺が緩んだ。
『それから決めたの。自分が生きている限りずっと、詩織のことを想い続けようって。でも手芸部に入ったのは、詩織のことを忘れないためでも、罪悪感を紛らわせるためでもないよ。入ったときからずっと【詩織】という作品を完成させて、コンクールで入賞したいと思ってた。同じ手芸部に私たち二人の名前を並べて残しておけるように。……私の気持ち、少しは伝わったかな?』
詩織ちゃんは肯定も否定もしなかった。
俯きがちにスマホを見つめている。
その姿が再度薄まり始めた。
しかし不穏なオーラは漂っていない。
『……わたし、那奈のことが赦せなかった。わたしは独りぼっちで死んだのに、那奈は高校に行ったり仕事したり、楽しく生きていくんだと思ったら、悔しくてたまらなかった。でも……那奈も辛い思いをしてたんだね。わたしのことを大事にしてくれてたんだね』
代弁すると、那奈さんからは『ずっと大好きだよ』と返ってきた。詩織ちゃんは頬を伝う涙を手で拭っている。そして、深く息を吸い込みながら顔を上げた。
『わたしも那奈のことが大好きだった。だから、すごく苦しかった。本当は、嫌いになんかなりたくなかった』
その発言を聞いて感じたのは――詩織ちゃんの本当の未練は〝復讐〟でなく〝那奈さんを恨む気持ちからの解放〟だったのではないかということ。
大切な親友なのに、転落事故を通して、好きな気持ちが憎しみへ変わってしまった。詩織ちゃんにとって、それは何より悲しいことだったのではないだろうか。
『那奈を殺したい』という一心で過ごしてきたが、潜在的には『大切な友達だからそんなふうに考えたくない』と思っていた――〝好きなのに赦せない〟という葛藤に悩んで、本当の自分を見失ってしまっていた。
そんな推測を浮かべているうちに詩織ちゃんの姿が霧散した。
最期に『ごめんね。ありがとう』という言葉を遺して。
詩織ちゃんの想い、彼女が天国へ行ったであろうことを那奈さんに伝える。彼女はほっとしたように、でもどこか寂しそうに『良かったです』と呟いた。
『川上さんのおかげで詩織の魂は救われたんですね』
「私は二人を引き合わせただけですよ。詩織ちゃんを救ったのは那奈さん自身です」
『そんな……。川上さんがいなければ詩織の本心を知ることはできなかったわけですから。本当に感謝しています』
正面に座る春斗くんは穏やかな表情をしていた。私も、これで全て終わったんだと安堵に包まれている――場合でもない。ずれてしまった目的を修正しなければ。
「あの、お願いしてばかりで申し訳ないのですが。私が元々知りたかった件についてお話を伺うことはできませんか? 那奈さんのお母さんに断られてしまいましたが、本当に知っている範囲で大丈夫なので」
春斗くんはガクッとわざとらしく肩を落とし、『雰囲気ぶち壊しですよ』と呆れ顔だ。しかし那奈さんからは『もちろんです』と優しい声が返ってきた。
『私でよければ協力させてください。できれば直接お会いしてお礼をさせていただきたいんですけど』
「お礼なんていいです。むしろこちらがお礼しなきゃいけない立場ですから」




