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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹@書き専
【Case2】少女たちの記憶を繋ぐ
42/48

【16】



『母いわく、警察に事情を訊かれた私は「友達が川に落ちて見えなくなってしまった。探したけど見付からなかった」と号泣していたそうなんですけど……そのことも記憶になくて』

「詩織ちゃんの遺体は見付かったんですか?」

『はい、事故の翌日に。私があんな場所に連れていかなければ詩織は死なずに済んだ……恨まれても仕方ないんです。でも、私はずっと詩織のことを大切に想っていました。忘れたことなんてありません』


 詩織ちゃんは事故死だった。

 那奈さんが嘘をついているとは思えない。

 とすれば、二人の間にすれ違いが生じているのだろうか。

 詩織ちゃんは自分が殺されたと勘違いしている?

 もしくは那奈さんの言うように『危険な場所に連れ出されたせいで死ぬハメになった』と恨んでいるのか……。


 どちらにしろ二人の過去を知ることはできた。

 あとは詩織ちゃんの気持ちを落ち着かせ、那奈さんに危害を加えないよう対策する必要がある。それは未練の解消、すなわち成仏を意味するかもしれない。


「詩織ちゃんには私の方で説得を試みます。今は安心して待っていてください」

『私が直接そちらへ伺った方がいいんじゃないですか? 人づてに話を聞いたところで詩織が納得するかどうか……』

「今本人に近付くのは危険かもしれません。その代わり、説得に困ったら電話を繋がせていただいても構いませんか?」

『分かりました、いつでも出られるようにしておきます。朝でも夜でも遠慮なく掛けてください』

「ありがとうございます。那奈さんもまた体調不良が起きたり、怪しげな声や気配を感じたりしたら報告してください。それと……私に幽霊が見えていることは絶対他言しないようお願いしたいのですが」

『もちろん誰にも言いません。幼い頃、感じたままを口にしていた私は「気味が悪い」と避けられることもありました。霊の姿を見ることができれば――写真に収めることができればみんなに信じてもらえる。それがオカルトにのめり込むきっかけだったんです』


「那奈さんのお母さんはご存じなんですか?」

『両親とも私の趣味は理解してくれていましたけど、霊感については本気にしてないと思います。ただ……詩織が亡くなったことで私以上に罪悪感を抱いたのではないかと』

「だからお母さん、オカルト絡みの話をしたくなかったんですね」

『私も詩織が亡くなってからは、霊感のことを一切口にしなくなりました。誰かに信じてもらおうなんて考えたのが間違いだったんです。そんな私だから……川上さんの気持ち、分かると思います』


 那奈さんも私と同じ、周囲に白い目で見られ苦しんだ過去がある。だからこそ私の話も疑うことなく受け入れてくれたのだろう。

 自分と似た体質・境遇を持つ人物に出会えるなんて思ってもみなかったが、これはとても大きな収穫になった。詩織ちゃんの件が解決したら、人間と幽霊の共存について伺ってみよう。あとは春斗くんが無事、詩織ちゃんを連れてきてくれるよう祈るだけだ。




 私の想いが届いたのか、翌日の正午過ぎ、春斗くんと詩織ちゃんが訪ねてきた。

 どんな流れで詩織ちゃんが戻ってきたのかはさておき、彼女の表情は〝無〟といった様子。相変わらず那奈さん以外への感情は希薄のようだ。詩織ちゃんが初めて訪ねてきた日と同じように、テーブルを挟んで向かい合った。


「ごめんね詩織ちゃん。また戻ってきてもらうことになっちゃって」

『……いいんです。川上さんにお別れの挨拶をしないとダメだって中谷さんに言われたから』


 詩織ちゃんは俯いたままこちらを見ようとしない。以前に増して感情が乏しくなっている気がする。那奈さんに会ったことが影響しているのだろうか。


「那奈さんに会えた? どうだった?」


 はっきり訊ねると、詩織ちゃんは視線を上げた――その瞬間。

 彼女の身体が切れ掛かった電灯のように点滅した。

 姿が徐々に薄れていく。


「大丈夫? どうしちゃったの?」


 慌てて訊ねたものの、詩織ちゃんは『何のことですか?』と冷静。その声ははっきり聞こえるのに姿はどんどん消えていく。〝ここにいる〟と認識するのがやっとというほど存在は薄まってしまった。

 詩織ちゃんの隣に座る春斗くんの姿は今までと相違ない。私の視界がぼやけているわけでないのは確かだ。


『凛花さん? 何を焦ってるんです?』

「詩織ちゃんの姿、消え掛かってるの。もうほとんど見えない」

『そうなんですか? 俺にはちゃんと見えてますよ』


 一体何が起こっているのだろう。

 まさか天国へ行きかけている……?


「詩織ちゃん、身体に異常はない? また頭が痛くなったりしてないよね?」


 ぼんやりとした姿に問い掛けると『平気です』と返ってきた。何となく靄のように確認することはできるが、集中していなければ見失ってしまうだろう。

 しかし本人に自覚はなく、春斗くんの目にもこれまでどおり映っている。異変を感知しているのは私だけだ。つい先ほどまで何の異常もなかったのに、那奈さんの名前を出した途端こんなことになってしまった。悪影響があるかどうかは不明だが……。


「ねぇ詩織ちゃん。那奈さんのことで私たちに何か隠してない?」


 核心を突くべく質問を投げ掛ける。

 詩織ちゃんからは歯ぎしりの音が聞こえてきた。春斗くんはその変化に動揺したようだ。顔色を窺うような目で彼女のことを見ている。


『……あの……手を……』

「前にも言ってたけど、手がどうかしたの? 最初から丁寧に教えてくれないかな?」


 できるだけ穏やかなトーンを心掛けて訊ねる。詩織ちゃんの眼はぼんやりとした中でも分かるほど鋭くなり、どこか遠くを見ていた。


『――あのとき手を放さなければッッッ!』


 突然の大声にビクッと身体が跳ねる。

 春斗くんも肩を震わせていた。


『あのとき那奈が手を放さなければッッッ! 死なずに済んだのにッッッ!』


 鼓膜が破れるのではないかと思うほどの金切り声。詩織ちゃんの姿は蜃気楼のように歪み、ますます認識しづらくなった。興奮した息遣いだけが彼女の存在を伝えてくれている。



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