【13】
『でも本当にそうだとしたら、どうして詩織ちゃんは「転落事故だった」なんて嘘をついたんです?』
「本当の目的が復讐だと言ったら私たちが協力してくれないと思ったんじゃない? あとで事実が露呈しても『突き落とされたなんて言いにくかった』で済むしね」
『じゃあ那奈さんは? 逮捕歴があるとでも?』
「殺人事件が発覚したとは限らないでしょ? 捜査の見落としか何かで、事故として処理されたかもしれない」
『んー……。警察はそんな間抜けじゃないと思いますけどねぇ』
不服そうな春斗くんには申し訳ないが、ここまで話してしまったものを引っ込めるわけにもいかない。
「事情は分からないけど、詩織ちゃんは突き落とされてしまった。そのことに対する恨みが本当の未練じゃないかな? 詩織ちゃんの怨念みたいなものが、那奈さんに体調不良をもたらした――きっと詩織ちゃんは感情が歪んでしまうほど憎悪に呑み込まれてるんだよ。だから笑顔がなかったんだと思う。那奈さんの持つ霊感は本物で、怨念的なものを感知しやすい体質なのかもしれない」
車内に沈黙が下りた。
春斗くんは顎に指を添えている。頭の中で情報を整理しているのだろう。私もスマホを耳にあてたまま思考を再開させた。
今まで不自然に感じていたことや詩織ちゃんの言動、悪夢の謎が全て解けたわけではない。しかし、正解に近付いてきたという手ごたえはある。詩織ちゃんを問いただせばさらに情報を得られるだろう。
ただ、今の彼女に那奈さんの話題を振るのは危険だ。約束した時間を過ぎているのに姿も見せない。やはり『那奈の居場所が分かったからあの人たちのところに戻る必要はない』と考えているのだろうか。一体何を考えているのか――感情が表に出ない分、得体の知れない恐怖がある。
お互い何を口にするでもなく時間は過ぎ、十五分ほど経った頃だろうか。春斗くんがきょろきょろと周囲を見渡し、溜め息をついた。
『詩織ちゃん来ませんねぇ。このまま待ち続けます? それとも……』
「私の推測が正しいとしたら那奈さんの方が心配だよ。詩織ちゃんを引き離さないと、那奈さんの体調がますます悪化するかもしれない。最悪の場合は――」
言い掛けたとき、団地の外階段を下りる女性の姿が目に入った。距離があるため顔まで鮮明に見えないが、オレンジエプロンのおばさんだと分かる。おばさんは何かを捜すように周囲を見渡しながらこちらに近付いてきていた。やがて駆け足になる。
『わー、まずいですねー。おばさん、完全にこっちへ向かってますよ。ついに不審者と思われたかも』
「そんなこと言われても、このタイミングで車を発進させたらもっと怪しいよ」
耳にあてていたスマホを下ろす。視線が重なると、おばさんは軽く手を振った。やはり私に用事があるらしい。不安と緊張が入り混じった気分で車を降りたが、おばさんの表情は朗らかだった。
「良かった、まだいてくれて。さすがに帰っちゃったかなと思ったわよ」
「ちょうど友人から電話が入って。つい長話になってしまって……」
「今、那奈ちゃんのお母さんから電話があったの。那奈ちゃんから伝言を頼まれたんだって」
「伝言って……私にですか?」
「そうなの。お母さん、あなたのことを那奈ちゃんに話したみたいでね。そのときは那奈ちゃんも興味がないみたいだったんだけど、病院に運ばれてから『さっき訪ねてきた子と話したい』と頼んだみたい。おばちゃん焦ったわよ。あなたの知り合いでも何でもないもの、ここで会えなかったら捜しようもなかったんだから」
体調を崩して救急搬送された直後、わざわざ連絡を入れてくるなんて。那奈さん自身、何か嫌なものを感じているのは間違いない。
「那奈ちゃんの具合は大丈夫みたいよ。今は救急外来にいるけど、気分が落ち着いたら帰っていいと言われたんだって」
「それなら良かったです。私はいつでも大丈夫なので、那奈さんの都合が良いときに電話してくださいと伝えてもらえますか?」
おばさんはブロックメモとボールペンを持参していた。口頭で名前と電話番号を伝える。引き換えに那奈さんの電話番号を渡してくれた。
エプロンのポケットにメモとボールペンをしまったおばさんは「じゃあね」と笑顔で去っていった。その背中を見送りつつ車に乗り込む。私たちのやり取りは車内の春斗くんにも聞こえていたようで、彼の顔は穏やかだった。
『那奈さんが無事で一安心ですね。その上、話ができることも確定じゃないですか』
「と言っても目的がずれてきちゃったけどね」
私に何ができるのか分からない。真相を知ったところでどうなるのかも分からない。人間と幽霊の共存に関しても、できるだけ早く情報を得たいと考えている。
しかし――那奈さんの身に危険が迫っている可能性があるのなら放っておくことはできない。
ただ、詩織ちゃんが戻ってこないのが問題だ。
これ以上ここに留まっているわけにもいかないが、このまま野放しにしていいものか……。




