【11】
「詩織ちゃんって感情が欠落してるみたいじゃない?」
私の発言の意図を掴みかねたのか、春斗くんは首を傾げた。
「ちょっとした表情変化はあるけど、子供っぽい無邪気なテンションがまるで見られないというか。不自然なくらい冷静じゃない?」
『単に大人しいだけじゃないですか?』
「もちろん性格もあるだろうけど……お葬式やお通夜じゃあるまいし、数日間一緒に過ごしていて、一度も笑顔を見ないなんてことある? 趣味の手芸の話をしてるときだって全然楽しそうじゃなかったよね」
そして。
決定的なのは、那奈さんの居場所が分かったときの態度だ。
「那奈さんに関する報告をしたときも、ひとこと『そうですか』って言っただけだったよね。二十年ぶりに親友の居場所が分かったんだから、言葉に出さなくても『やったぁ!』って気持ちが表に出るんじゃないかな? 那奈さんを捜しに行くって車を降りたときも嬉しそうな表情ひとつ見せなかった。あまりにも冷めてると思わない?」
『言われてみれば……大して興味なさそうな反応だった気もしますね』
喜びも悲しみも、ほとんど顔に出ない。
それを〝大人しい〟という単純な表現で片付けるのは早い気がする。
肉体だけでなく心も死んでしまっているかのような……そんな感じだろうか。
他にも、今まで大して気に留めなかったことが、この件をきっかけに違和感として浮かび上がってきた。
「そもそも詩織ちゃんの態度、チグハグな印象を受けない? 那奈さんのことを語ってくれたときは口調もしっかりしてて、言葉に詰まることもあまりなかったけど。頭痛に襲われたときは受け答えに詰まってる様子だった」
『頭痛に関して、俺たちに言いたくない何かがあるってことですか?』
「そんな気がする。自分と那奈さんに関しては包み隠さず教えてくれた詩織ちゃんが、言葉を濁すくらいだもん」
もしかしたら彼女は、頭痛や手首にできたアザの原因を自覚しているのではないか。その点と感情が欠落しているかもしれないことに、関連性があるのかどうかは分からない。ただ――ここにきて急に、牧田詩織という存在が異質なものに思えてきた。
「春斗くんは何か気になったこととかないの? 私より長く一緒にいるんだからいろんな話をしてるでしょ?」
『んー……。まぁ違和感ってほど強く引っ掛かることでもないですけど、意外だなと思ったことならあります。詩織ちゃんと一緒に岡崎に戻ってすぐのことなんですけど――』
二人は暇潰しにショッピングモールへ行ったそうだ。と言ってもウィンドウショッピング目的でなく、モール内の映画館で映画を観るつもりだったとのこと。上映されていたのはラブロマンス系、ホラー系、子供向けアニメ、SF系。その中から、詩織ちゃんは『ホラーが見たい』と言ったらしい。
『詩織ちゃん、都市伝説とか興味ないって言ってたじゃないですか。それなのに意外だなと思って』
「確かに。私だったらアニメを見ようって誘うかも」
『で、そのホラー映画の内容も結構エグかったんですよ。イケメンエリート外科医が実は連続殺人犯で、毎回ターゲットの心臓に包丁を突き刺して――』
……包丁を突き刺す?
まさか。
――いや、仮説にすぎないとしても考えるだけの価値はあるはずだ。
「ねぇ春斗くん。詩織ちゃんとの会話で『車に撥ねられた』とか『交通事故で人が死んだ』とか、そんな話が出てきたことはない?」
『何ですか、藪から棒に。そんな会話してませんよ』
「二人で見たホラー映画の中には?」
『なかったと思いますけど』
「それじゃあ『身体が吹っ飛ばされた』とかは?」
『……何でそんな変なことばっか訊くんです?』
訝しげな春斗くんに「ごめん」と返し、思考を戻した。
もしかしたら、悪夢の共通点は〝詩織ちゃんが見たシーン〟かもしれない。
私の右手が消失する夢――詩織ちゃんの右手首に現れたアザ。
私が嘔吐する夢――詩織ちゃんが目撃した泥酔男。
私の腹部に包丁が突き刺さる夢――詩織ちゃんが観た映画のワンシーン。
車に関しては情報がないものの、彼女は生前十三年+死後二十年も生きているのだ。一度くらい交通事故を目の当たりにしている可能性はある。
悪夢の共通点がこれで間違いないとしたら、問題は〝何故、詩織ちゃんの見た場面が私の夢に現れたのか〟ということだ。
天海ルイのときは吉野さんのSOSだったが、今回もそれに類似した何らかの意味が隠されているはず。そうでなければ、数日間に何度も悪夢を見るわけがない。一体どんな意味があるのだろう。
詩織ちゃんの感情が欠落しているように見えること。
詩織ちゃんの言動における違和感。
連続する悪夢と詩織ちゃんの関連性。
全てを繋げて考えるべきなのか、ひとつずつ切り離して考えるべきなのか。詩織ちゃんにそれとなく話を持ち掛ければ何かヒントを得られるかもしれないが――。
『――ちょっと凛花さん? 俺の話、聞いてます?』
ぐいっと顔を寄せられて我に返った。詩織ちゃんのことを考えていたため、もちろん春斗くんの話など耳に入っていない。
「ごめんごめん。何?」
『凛花さん、俺に何か隠してません? 実は右手の痛みが酷くなってきてるとか言いませんよね? 他に体調不良は? 身体が辛くてボーッとしてるわけじゃないですよね?』
「違うよ。本当に詩織ちゃんのことを考えてただけ」
春斗くんに事情を話して一緒に推理してもらえば新しい発見があるかもしれない。ただそうすると、また悪夢に悩まされていたことがバレてしまう。どうしたものか……。
『……俺、頼りにならないです?』
「そうじゃないの。少し嫌な予感がしただけだから気にしないで」
仮に私の夢と詩織ちゃんがリンクしているとしたら、良いものとは到底思えない。マイナスの感情が働いている――いや、彼女の感情が欠落しているとしたら、負に侵されることもないのだろうか。なんだか混乱してきた。
脳内をリセットするため、車を降りてスーパー店内へ向かう。付いてきた春斗くんとともに入店し、ミントキャンディを買って車に戻った。考えたいことは山ほどあるが、約束の時間が近付いてきている。ひとまず団地へ向かおう。




