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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹@書き専
【Case2】少女たちの記憶を繋ぐ
35/48

【9】



「那奈さん、今もこの団地に住んでいますか?」

「えぇ。仕事がお休みなら家にいるんじゃないかな」

「調査中の都市伝説について那奈さんにインタビューしたいと考えているのですが。話を取り次いでいただくこと、できませんか?」

「それならあっちにいるお母さんに訊いてみたら?」


 おばさんは後方を指さした。《B棟》と書かれた建物の前にも、ほうきを持って掃き掃除している女性が見える。


「今日は那奈ちゃんのおうちも掃除当番なの」

「青色のエプロンをした女性ですね? 行ってみます」


 おばさんにお礼を述べ、B棟へ移動する。ここまで来ると車内待機中の春斗くんたちには見えないかもしれない。青エプロンの女性も六十代くらいで、白髪交じりのミディアムヘアを後ろで束ねていた。


「突然すみません。佐伯那奈さんのお母さんですか?」

「そうですが……どちら様ですか?」


 先ほどと全く同じ説明を行ったが、那奈さんのお母さんの表情は訝しげだった。私のことを警戒しているのかもしれない。


「実は今《人間と幽霊の共存》について調査しているんです。曖昧な情報しか得られずに困っていたところ、一緒に調べている友人が『オカルトに詳しい女性がいた』と噂を聞いたそうで。フェイスブックで知人をあたっているうちに、那奈さんのことだと分かったんです。人違いでなければ、那奈さんもフェイスブックをやっていると思うのですが」

「娘に協力できることはないと思います。あの子がオカルトに熱心だったのは子供の頃だけですから」

「昔の情報でも構わないです」

「集めていたオカルトグッズも全部処分しましたので、うちの娘では力になれないと思います。他をあたってください」


 オカルト情報を持っているか否かに関わらず、拒絶の意思が明確に伝わる物言いだった。これ以上強引に話を進めない方がいい。素直に「分かりました、ありがとうございます」とお辞儀した。


 B棟を離れてA棟の前へ戻る。オレンジエプロンのおばさんが右手を振りながら歩み寄ってきた。


「那奈ちゃん、インタビューできるって?」

「いえ、断られてしまいました」

「あらそう、残念だったわねぇ。今はたぶん赤ちゃんのことで手一杯なのよ」

「那奈さんに赤ちゃんが?」

「えぇ、そうなのよねぇ……」


 おめでたい話のはずなのに、おばさんの声のトーンは低く歯切れも悪い。気になって訊ねると、おばさんは「ここだけの話よ?」と言いながら私の腕を引っ張った。何が何だか分からないままA棟の階段手前まで連行されていく。


「おばちゃんが話したってことは内緒よ? 那奈ちゃん、一ヶ月くらい前にこの団地へ戻ってきたの。離婚だって」

「えっ、そうなんですか?」

「近所で噂になってたのよ。那奈ちゃんは『旦那さんと価値観が合わなかった』なんて言ってたらしいけど、まだ一歳にもなってない赤ちゃんを抱えてシングルマザーになるなんて……本当は重大な何かがあったんじゃないかって。みんな気にしてるのよねぇ」


 そんな事実があったとは驚きだ。

 先に質問した私が言うのもなんだが、あまり詮索するのは申し訳ない。この話題は打ち切り、改めてお礼を述べ、おばさんと別れた。


 団地横に停めていた車に乗り込む。私の動向を見守っていたであろう春斗くんと詩織ちゃんの視線が飛んできた。この場で話をするわけにもいかないため、適当に車を走らせながら報告を行う。


「――そういうわけで、那奈さんのお母さんにしか話を聞けなかったけど。大人になった那奈さんはオカルトに興味がないらしいんだよね。離婚のことで精神的にも辛いだろうし、本人に話を聞くのは難しそう」


 そう締め括ると、後部座席の詩織ちゃんは『そうですか』と呟いた。助手席の春斗くんは不服そうに『うーん』と唸っている。


『せっかく居場所を掴んだのに諦めて帰るんですか? 何とかしましょうよ』

「何とかって言われても……お母さんは取り付く島もない感じだったもん、那奈さんを紹介してほしいなんて頼めないよ。何の収穫もないまま帰るのはもったいないって気持ちはあるけど」

『じゃあ最初のおばさんに頼んでみません? お母さんは凛花さんを警戒しただけで、近所のおばさんの頼みなら聞いてくれるかも』

「そういう問題なのかな? 誰が話を持ち掛けようと結局私が絡むわけで、状況はそう変わらない気もするけど」


 あれこれ言い合っているうちに呻き声が聞こえてきた。

 バックミラーで様子を窺う。

 詩織ちゃんが両手で頭を押さえていた。

 まさかまた頭痛が――。


「詩織ちゃん大丈夫?」

『頭……ガンガンする……』

「ちょっとでも楽になれる態勢ないかな?」

『……手を……』


 囁くような声で何を言っているのか分からない。春斗くんも聞き取ることができなかったようで、『どうした?』と訊ねながら後部座席へ移った。どこかに車を停めて詩織ちゃんの様子を見た方がよさそうだ。


 スーパーの横を通り掛かったため駐車場に入り、隅の方へ駐車した。詩織ちゃんは依然、頭を押さえてうわ言を繰り返している。


『大丈夫?』という春斗くんの問い掛けにも応えることなく、詩織ちゃんは頭から手を下ろした。その表情は歪んでいる。歯を食いしばるようにして、左手で右手首を押さえていた。


『そこが痛むの? 俺に見せて?』

『……もう、大丈夫だと思う』


 詩織ちゃんが左手を放す。

 隠れていた彼女の右手首を見た瞬間、全身が粟立った。

 右手首が赤紫色に染まっている。

 アザだろうか。

 ロープで絞められていたかのような、毒々しい内出血の跡。

 ズキン、と自分の右手首に痛みが走った。

 焦りと不安で吐き気がしそうだ。

 詩織ちゃんの右手首に起きた異変と、私の右手首の痛み――連動しているのではないかという考えが脳裏を過る。



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