【7】
車で行動可能な範囲でひたすら南方面を目指すと、やがて《大口町》という看板を発見した。カーナビの表示をチェックしつつ引き返し、再び北方面へ。
バックミラー越しにちらちらと後部座席の様子を気に掛けたものの、詩織ちゃんの体調に悪化の兆しはない。窓の外を注意深く観察しており、記憶を掘り起こそうとしているように見えた。
途中ファミレスで軽食休憩を取り、その後も江南市内を北から南、東から西へと移動していく。
午後三時過ぎには江南市の中心部を超え、西側へと突入した。地図で見ると、西側は一宮市と隣接している範囲が多い。一宮市に出そうになったところで引き返し、江南市内へと戻る。交通量の多い通りを走る途中、詩織ちゃんに名前を呼ばれた。
『わたし、ここ知ってるかもしれない』
「ホントに?」
『たぶんだけど、あのお店に行ったことがある……。もう少し行ったところには手芸用品のお店があったと思う』
「そういえば詩織ちゃん、手芸部に入りたかったんだっけ」
『趣味なんです。お母さんに、手芸用品のお店に連れて行ってもらってて……』
移りゆく景色のなか、春斗くんたちは手芸用品店を捜していたが――しばらく走ってもそれらしきお店は発見できなかった。
詩織ちゃんの時間は約二十年前で止まったまま。手芸用品店は閉店してしまったのかもしれない。とはいえ彼女の脳には確実に変化が起きている。このまま記憶を手繰り寄せることができれば、本人にとっても私にとってもプラスだ。
「他に何か思い出せそうなことはない?」
『えっと……えっと……』
信号に引っ掛かったため後部座席の様子を確認する。詩織ちゃんは落ち着かない様子で貧乏ゆすりをしていた。焦っているのか、思い出せないことに苛立っているのか……。何にせよあまり良い状態には見えない。
「ごめん、今すぐ思い出す必要はないからね。向こうにコンビニが見えるから、あそこで休憩しよう」
進路を変えてコンビニの駐車場へ。詩織ちゃんは貧乏ゆすりに加え、爪を噛み始めた。記憶を取り戻そうとして脳をフル回転させているのかもしれない。意識を逸らした方がいいだろう。
周囲にはコンビニのお客さんや通行人の姿があるため、カモフラージュとしてスマホを耳に当て、バックミラーで様子を窺いながら話すことにした。
「ねぇ詩織ちゃん。手芸ってどんなものを作るの? 難しい?」
彼女の気を引けそうな質問を振ってみる。ようやく私に視線を向けてくれた詩織ちゃんは、少し間を空けて頷いた。
『マフラーを編んだり、ビーズでストラップを作ったり……』
「すごいね。ビーズとか細かくて大変そう」
『簡単なやつならすぐ作れますよ。熱中しすぎると首が痛くなったりするけど……すごく楽しくて、気が付くと寝る時間になってて』
すごく楽しいと言いつつ、詩織ちゃんの顔に笑みはない。それでも張り詰めた状態は緩和してきたようだ。貧乏ゆすりも止まっている。
ただ、このまま調査を続行する――詩織ちゃんの脳を刺激するのは避けた方がいいかもしれない。はやる気持ちはあるものの、一旦冷静にならなければ。私自身、朝から運転しっぱなしで疲労感がある。一晩ゆっくり休んでから行動すればいい。
「今日はこの近くで泊まろうかな。お金がもったいないけど、今から高速を引き返すのも大変だし……また来るとなったらどのみち高速代も掛かるから」
『俺もそれがいいと思います。事故ったら取り返しつかないですもん』
スマホで検索を行い、近場のビジネスホテルへ向かうことにした。春斗くんも空いている部屋を捜して勝手に泊まると言ったが、詩織ちゃんは良心の呵責から車中泊を選択。普段眠るときは、ショッピングモールに設置されているソファなどを利用しているとのことだ。
「春斗くんはどうするの? 詩織ちゃんだけ車中泊なんて可哀想な気もするんだけど」
『でも……ねぇ。女子中学生と車で一泊というのはちょっと』
「い、言われてみれば……幽霊同士って触れられるもんね……」
『凛花さん、俺を変な目で見ないでくださいよ? 詩織ちゃんに不快感を与えるんじゃないかと心配だっただけです』
「……別に春斗くんを疑ってるわけじゃないから」
個人的には少し嫉妬心が――なんて思っていると、詩織ちゃんが『平気です』と言った。
『わたし、いつも一人で寝てるから。川上さんと中谷さんはホテルに行ってください』
詩織ちゃんがそう言うなら遠慮なく、ということで意見合致。ただし、独りぼっちで恐怖や不安など感じることがあれば、私か春斗くんへ助けを求めるように――そう伝えた。
+ + +
東公園沿いの大通りを一人で歩いている。
ふと、正面から車が走ってくるのが見えた。
運転しているのは春斗くんだ。
助手席には詩織ちゃん。
車は私に近付いてきている。
そして、ブレーキを掛ける気配もなく歩道へ突っ込んできた。
慌てて避けようとしたが間に合わず、全身に衝撃が走った。
身体が地面に叩きつけられる。
世界が回り、視界が赤色に染まった。
生温い血液が肌を伝っていく。
呼吸が、止まる――。
+ + +
昨夜はパスタのお店で夕食を済ませ、ビジネスホテルにチェックインした。その後は早めに寝支度を整えベッドに入ったのだが……車に撥ねられて死ぬという酷い夢を見たせいか、体調はいまいちだ。
歯を磨きながら先ほど見た悪夢を思い起こす。昨日の段階で考えていた、最近の悪夢の共通点――〝春斗くんや詩織ちゃんが登場する〟という点に間違いはないようだ。その共通点が意味するのは……いや、これ以上深く想像するのはやめておこう。ネガティブに考え過ぎて、ますます体調に支障をきたしたら困る。




