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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹@書き専
【Case2】少女たちの記憶を繋ぐ
32/48

【6】



+ + +



 目覚めの朝。

 布団をめくってすぐ異変に気付いた。

 私のお腹に包丁が突き刺さっている。

 詩織ちゃんが私の様子に気付き、駆け寄ってきた。

 彼女が包丁の柄を掴む。

 引き抜こうとしている?

 駄目だ。

 そんなことをしたら出血が酷くなる。

 忠告しようとしたが間に合わず、腹部から異物が取り除かれた。

 詩織ちゃんの顔に私の血液が飛び散る。

 泣き叫びながら繰り返される謝罪の言葉。

 強烈な痛みに襲われ、意識を失った――。



+ + +



 ――ハッと我に返る。

 視界に映ったのは車内の景色だった。

 おにぎりを食べたあと眠ってしまったようだ。むろん腹部に包丁が突き刺さっていることなどなく、出血しているなんてこともない。


 後部座席の詩織ちゃんは相変わらず首を垂れて眠っていた。春斗くんはまだ女性の車の中。時間を確認すると、おにぎりを食べてから三十分も経っていなかった。その程度の浅い眠りで、あんな不気味な悪夢を見るとは……。


 天海ルイの件が片付いてから見た悪夢はこれで三回目。

 やはりただの偶然とは思えない。

 これらの悪夢には何らかのメッセージが隠されているのではないだろうか。


 天海ルイのときと明らかに異なる点は、三回とも見知った人物――春斗くんと詩織ちゃんが登場したこと。二人と過ごし、両者との結び付きが強くなってきたのだろうか。


 ……いや。

 それだと結局〝幽霊との深い関わりは人間にとって悪影響〟という内容を肯定してしまう。春斗くんたちが登場したのは偶然だと思い込もう。余計な推測を脳内で広げてはいけない。


 とはいえ連続する悪夢の不気味さを思うと、のんびりしているのが怖くなってきた。胃はしくしくと鈍痛を訴えており、暑いわけでもないのに手汗が酷い。

 もう休憩は終わりだ。

 万が一のことを想定し、てきぱき行動しないと。


 タイミングよくテレビ鑑賞を終えた春斗くんが戻ってきた。彼が乗り込んでくると同時にエンジンを掛ける。快調に車を走らせていき、小牧(こまき)インターで高速道路を降りた。そこから約十分で江南市内へ。高速道路を降りてからは田んぼ道も多かったが、徐々に活気ある街並みへと変化してきた。


 目的地である中学校の正門が見えてきたところで、カーナビから『音声案内を終了します』とアナウンスが流れる。学校敷地内へ入ることはできないため、邪魔にならない場所を探して車を停めた。いつの間にか目を覚ましていた詩織ちゃんが、無表情で校舎を見上げている。


「どう? 何か思い出せそう?」


 身体を捻り、後部座席に顔を向ける。ただでさえ真っ白な詩織ちゃんの肌が、みるみるうちに青白くなっていくのが分かった。私と同じく異常を察したのだろう、春斗くんが後部座席へ移る。


『詩織ちゃん大丈夫? どこか痛い?』

『あ……頭が……』


 彼女の表情が歪む。

 詩織ちゃんは両手で抱え込むように頭を押さえ、背中を丸めた。その背中を春斗くんがさする。


『急に頭が痛くなったの? 横になる?』

『……あの……手を……』

『手も痛いの? 俺に見せて?』


 詩織ちゃんは頭から両手を下ろした。相変わらず険しい顔つきをしており、呼吸もやや荒いが、顔色は元に戻ってきている。


『……もう、大丈夫です。痛いの、治ってきました』


 詩織ちゃんの眉間に寄っていた皺が消え、安堵の息を吐いた。春斗くんも『良かった』と脱力している。


『俺たちは病院に行くことができないもんね。焦ったよ』

『ごめんなさい……。なんか急に、頭が痛くなってきて……』

『横になって休む?』

『あ……でも、今はたぶん、大丈夫だと思います。頭が痛くなっちゃったの……考え事してたせいかもしれないから』


 詩織ちゃんは何とも言えないもやもやした感覚を味わっていたという。いわゆる〝喉元まで出掛かっているけど出てこない〟感覚。

 ここへ来たことで記憶がよみがえりかけているのかもしれない。それはつまり、この中学校が母校である可能性も高まったということだ。江南市内を走り回れば、記憶を取り戻すためのヒントが見付かるかもしれない。張り切ってエンジンを掛けようとしたが、後部座席から春斗くんに呼ばれた。


『記憶を刺激するかもしれない行動を取って大丈夫ですかね? 詩織ちゃん、もやもやした感覚のせいで頭痛に襲われたのに』


 彼の言うとおりだ。

 どうしたものか……と考えを巡らせ掛けたが、『平気です』という詩織ちゃんの声で思考は遮断された。


『頭が痛くなっても、自分の家の場所とか思い出せるなら、その方がいいです』

「私としては協力してもらえるとありがたいけど……。無理だけはしないでね」

『あの、でも……。わたし……この学校に通ってたとしても、学校の近くに住んでたわけじゃない……気がします』

「どうしてそう思ったの?」

『那奈と一緒に自転車を漕いでた記憶があるんです。たぶんだけど、毎日……』


 二人とも自転車通学だった可能性があるのか。地域によって差はあるだろうが、私の通っていた中学校では基本的に徒歩通学、自転車を使えるのは遠距離の生徒だけと定められていた。


 バッグからスマホを取り出し、インターネットを開く。質問サイトで自転車通学について検索すると、学校から半径二キロ~三キロ以上で自転車通学だったという回答が多数寄せられていた。


「この学校もそのくらいの規定があったとすれば、詩織ちゃんと那奈さんの自宅は、ここから半径二キロ以上離れてるってことになりそうだね」

『じゃあわたし、それくらい離れたところを見てみたいです』

「距離で絞り込まなくてもいいと思うよ。江南は岡崎よりずっと狭いから、一日でかなりの範囲を走り回れるはず。学校周辺も含めて、市街から郊外まで細かく巡ってみよう」


 詩織ちゃんが頷くのを確認すると、スマホに視線を戻した。

 何も目標物がない状態で知らない街を適当に走る以上、ある程度計画を立てておかないと、どこを見てどこを見ていないのか分からなくなってしまう可能性がある。江南市の地図を表示し、どう動くべきか考えた。


 地図を大雑把に見ると、江南市は四角形に近い。一ヶ所だけU字型に突出している部分はあるが、ちょうどそのあたりを通って中学校までやってきた。つまり、全く見ていない箇所は大雑把な四角形の内部になる。


「まずは地図の右上、江南市の北東へ移動しよう。そこから南に走って、市外に出そうになったらまた北に戻る。それを繰り返しながら、少しずつ西側へ移動――南北縦断ローラー作戦って感じかな。やみくもに走り回るより効率的なはず」

『じゃあ俺は詩織ちゃんの体調を見守る役ってことで、このまま後部座席にいますよ。凛花さんは運転に集中してください』


 了解して行動再開。

 カーナビを利用し、まずは江南市の北東へ移動した。あとは大通りをメインに、なるべく真っ直ぐ南方面へ向かう。何らかのお店や建物を見ることで、詩織ちゃんが生前のことを思い出すかもしれないという期待を抱きながら。



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