【4】
「どんな約束だったの? 良かったら聞かせてくれない?」
『もう手遅れですけど……』
そう前置きすると、彼女は高校受験のことを話してくれた。
詩織ちゃんたちは当時、同じ高校に進学するため勉強に励んでいたという。那奈さんは「いつも私の趣味に付き合ってもらってるから、部活は詩織の好きなところにしよう」と言い、合格したら二人で手芸部に入ろうと約束していたらしい。
話を聞いた私と春斗くんは顔を見合わせた。
『凛花さん、何とかできます?』
「同じ高校に入学して、一緒に手芸部に入る……さすがに無理、かなぁ。那奈さんはもう社会人だから……」
部屋の空気がどんよりと落ち込んだ。
これでは協力のしようがない。
「とにかく、まずは那奈さんとの再会を目標にしよっか。詩織ちゃんは名古屋の海岸で目覚めたんだから、近辺を流れる川を調べよう。都市伝説を調査した地名は覚えてないみたいだけど、近くに目立つお店があったとか、何でもいいから覚えてることはない?」
『えーっと……。頭の中がもやもやしてるって言うか、実際に見たら何となく思い出せるかも?』
「記憶がないと言っても、死とともに消滅してしまったわけじゃない……何かの拍子に思い出す可能性もあるとみていいのかな。あとは那奈さんの情報を得ることができないか、SNSを頼ってみよう」
SNSの中には本名で登録するタイプのものがある。メジャーなもので言えばフェイスブック。プロフィールには出身県・出身校などを書き込む欄があり、旧友と繋がる手段として用いる人も多いそうだ。学生時代の友人が捜しやすいよう、あえて旧姓で登録する既婚者もいるとか。私も登録しているが放置状態だ。
日記や写真は全体公開にもできるし、公開範囲を友達だけにしておくこともできる。運が良ければ那奈さんが見付かるかもしれない。
タブレットでフェイスブックにアクセス。検索欄に《佐伯那奈》と打ち込んでみると三件のヒットがあった。公開されている生年月日情報に一人だけ、現在の那奈さんの年齢と合致している人がいる。正面から画面を覗き込んでいた春斗くんが『やりましたね』と微笑した。
『那奈さん、もう見付かっちゃいましたよ』
「名前と年齢だけじゃ本人と断定できないよ。同じ表記の佐伯那奈さんだって、登録してるだけで三人もいたんだから」
那奈さん(仮)の日記ページを開く。プロフィール画像はチューリップの写真だった。幸運なことに日記が全体公開となっている。最後の投稿は約三年前で、これを機に更新は途絶えていた。
「お洒落なカクテルの写真を載せてるね。どれも手作りって書いてある。那奈さん、カクテル作りも趣味だったのかな。詩織ちゃん、思い出せない?」
何気なく質問してしまったものの、すぐに無意味だと気付いた。詩織ちゃんが那奈さんと接していたのは中学生まで。お酒など飲んでいたはずがない。
気を取り直し、那奈さん(仮)のプロフィールへ移動した。出身地は《愛知県江南市》と書かれている。位置が分からなかったため調べてみると、愛知県の北の方、岐阜県に近い場所だった。
出身地の下には出身校の記載もある。詩織ちゃんには見覚えのない校名のようだ。那奈さん(仮)の友達リスト――と言っても三名しかいなかったが、その中にも詩織ちゃんの記憶を揺さぶる人はいなかった。
「でも、那奈さん本人の可能性は充分ありそう。さっき江南市を調べたときに見た地図なんだけど……二人とも、このあたりに注目してみて」
江南市付近の地図を見ると大きな河川が通っている。この木曽川を辿っていくと、やがて名古屋の海沿いに出るルートがある。
『凛花さんすごいじゃないですか。これはもう決まりでしょう』
「そこまでは言ってないけど。あとは中学校も調べてみるね」
那奈さん(仮)が通っていた中学校名を検索してみる。学校の公式サイトには写真がずらりと並んでいた。校舎の外観やグラウンド、各教室や行事風景など。
「詩織ちゃん、どう? この学校風景に見覚えはない?」
『ないような……あるような……。ごめんなさい、分かりません』
詩織ちゃんの記憶を呼び起こすためには、彼女自身の目で江南市の街並みを見る方が効果的かもしれない。カーナビがあれば迷うこともないはずだ。
「と言ってもバイトが詰まってるんだよね。明日の出勤時にシフト調整してみるよ。それまでの間、詩織ちゃんはどうする?」
『わたしは……このあたりのことを知らないので、見て回ろうと思います』
春斗くんもそれに付き合うとのことで、今日は解散とした。
+ + +
ジョギングを終えて帰宅する。
春斗くんがスポーツドリンクを手渡してくれた。
彼の優しさに感謝し、ペットボトルに口を付ける。
ごくんと飲み込んだところで、強烈な吐き気が襲い掛かってきた。
ペットボトルが転がり落ち、床を濡らす。
流し台に駆け寄ろうとしたが間に合わず、その場で嘔吐した。
胃の中のもの、ではない。
私が吐き出しているのは血塊だ。
おぞましい光景に視界がブラックアウトする――。
+ + +
目覚めと同時に軽い吐き気がした。
グロテスクな悪夢だ。
「何なのもう……勘弁してよ……」
悪態をつきながらスマホに手を伸ばす。時刻を確認すると、まだ午前六時をまわったところだった。どうりで部屋が薄暗いはずだ。先ほどの悪夢が影響しているのか、妙に喉が渇いている。あまり気乗りしないが、もうひと眠りする前に何か飲もう。
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、キャップを捻って開けようとした――そのとき。右手首に刺すような痛みが走った。
反射的に動きを止め、痛みの元を凝視する。
何の異変も見当たらない。
痛みを感じたのも一瞬だった。
とはいえ痛んだのが右手首というのが気になる。
先日の悪夢や、真司くんが見たものとリンクした痛みだろうか。
……どうしよう。
まさか本当に、私の身体に異変が……?
不安に駆られながらも水を飲み、ベッドへ戻る。普段ならあっという間に二度寝してしまうのに、悪夢のことを考えたら寝付けなくなってしまった。
失われた右手。
吐き出される血塊。
一度の悪夢なら偶然で済ませられるが、二度目となるとさすがに焦りが強くなる。やはり安易に考えず、人間と幽霊の共存について真剣に調べなければ。
今日は正午から午後八時までバイトだ。
買い置きのカップ麺で朝昼兼用の食事を済ませ、自宅を出た。




