【21】
「今まで吉野さんの身に何が起こっていたか分かりますか?」
「身体を乗っ取られてからのことは、天海ルイの意識を通して時々聞こえていたよ。まさか、僕に心臓を提供してくれたのがあんな有名人だったとはね」
いつの間にか、春斗くんもアトリエに入ってきていた。彼は私の隣に腰を下ろし、吉野さんの顔を睨みつけている。
『あんた、マジでルイじゃないのか?』
「君が春斗くんか……すごいな、幽霊の身体って透き通って見えるんだね。悔しいけどホントにイケメンだ。ちょっと如月サトルっぽい」
『……誰?』
「アニメ《異世界から来たガンマスター娘 ~リボルバー・アクション~》の主人公、最強剣士だよ。銃弾を剣で弾き返す名シーンがあってね。アニオタ界隈だけじゃなくミリオタにも人気なんだけど、聞いたことない?」
『いえ、ないですね……。そんなことより、何でいきなりルイと入れ替わったんです?』
「凛花さんの強い想いが、僕の心と共鳴したんだと思う。何ひとつ天海ルイに勝つことのできなかった僕だけど……唯一勝てる部分があったんだよ。それに導かれ、立場を逆転させることができた」
『ルイに勝てる部分?』
「大切な仲間を想う気持ちだよ。僕は昔から身体が弱くて、友達もいなくて、学校に行くのが大嫌いだった。そんな僕にも、ようやく仲間ができたんだよ。好きなものについて語りあえる仲間に巡り合って、友達の素晴らしさを知ることができた。だから……大切な友達のことを助けたいっていう凛花さんの想い、よく分かる。逆に天海ルイには、その想いが理解できなかったんだろうね」
噛み締めるように言葉を紡ぎながら、吉野さんは頬を伝う涙を拭った。
「天海ルイに身体を乗っ取られたあと、外の世界を見ることはできなかったけど、音だけはある程度拾えたから……。あいつが僕の身体を使って、どんなに残酷なことをしていたかも知ってる。凛花さんと春斗くんの事情もそれなりに」
「もしかして、私に悪夢を見せていたのは吉野さんですか?」
「僕が意図的に、何か行動したわけじゃないんだけど。天海ルイが幽霊に酷いことをするたび、いろんな人の悲鳴や罵声が響き渡って、僕の頭にこびりついて離れなくて……。誰かに気付いてほしい、止めてほしいと強く願っていた。それが結果として、凛花さんの夢に現れたのかなって。凛花さんとあいつの話を聞きながら考えてた」
これまで見た悪夢の数々は、吉野さんからのSOSだったのか。夢のせいで不快な思いはしたが、こうして彼に辿り着くことができて良かった。
「天海ルイは消えちゃったんですか?」
「僕の中にいるよ。あいつの意思は……執念は凶悪すぎる。傷付いた幽霊たちが絶叫する姿を見て、へらへらと笑ってる狂人なんだ。僕みたいな凡人じゃ、あいつの人格を抑えつけておくことなんてできない」
「そのうちまた、天海ルイと入れ変わってしまうんですか?」
「うん、今も天海ルイの人格が暴れてる。心臓付近がざわざわして、吐き気と悪寒がする……。こんなものを我慢し続けるなんて無理だよ」
深く息を吐いた吉野さんは、力ない笑みを浮かべて上半身を起こした。
「あとのことは僕に任せて、凛花さんたちは帰ってくれ」
「天海ルイの人格を消す方法があるんですか?」
「そんなものないよ。ただ……僕が死ねば、同時に奴を葬ることができるだろ?」
吉野さんの視線が、アトリエの隅――女性幽霊が磔にされていた十字架に向く。
十字架には長いロープが引っ掛けられていた。
あのロープを使って命を絶つつもりだろうか。
絶対に駄目です――そう伝えようとした矢先、『馬鹿なこと言わないでください!』という春斗くんの声が上がった。
『ルイのせいで吉野さんが死ぬなんておかしいです。あいつの人格を消し去る方法、一緒に探しましょう』
「奴は僕の肉体で幽霊たちを殺すんだ。彼らはみんな、天海ルイでなく吉野誠を恨んで息絶えていく。それにうちの両親は、天海ルイのことを息子だと思ってるんだよ? この家だって、うちの親からお金をぶん取って借りたんだ。自分の身体で殺人を繰り返されたり、両親の財産を都合よく利用されたり、友達に暴言を吐かれたり……。親はまだ僕のことを心配してくれるけど、連絡してくれる友達は一人もいなくなってしまった。僕はこんなに大事に想ってるのに、彼らは僕のことを嫌いになってしまったと思う。もしかしたらみんなに悪口を言われてるかもしれない。そんな状況、君たちは耐えられる?」
途端、春斗くんは勢いを失った。
私も返事をすることができずに俯く。
もし自分が吉野さんの立場だったら、同じ道を選ぼうとするかもしれない。特に吉野さんは、共通の趣味を持つ友人を何より大切にしている様子……しかし天海ルイのせいで、全員吉野さんから離れてしまった。
私は特異体質を知られないよう、広い人間関係を築いてこなかった。だからこそ、今ある人間関係は貴重で大切なものだと思っている。それが他人に壊されてしまうなんて耐えられない。
それでも――吉野さんを置いて帰る勇気もない。
春斗くんもその場を動こうとせず、『諦めちゃ駄目です』と力強く言い切った。
『俺みたいに死んじゃったら、今度こそ本当におしまいなんですよ?』
「君たちの気持ちは嬉しいよ。でも、僕には人格をコントロールする力がない……だから表に出ることができなかったんだ。今こうして僕が喋ってるのは、ある種の歪み。長くは持たないと思う」
吉野さんの言うとおりだとしても、彼が生を諦めることに賛成はできない。どんなに小さな可能性だとしても、天海ルイの人格を消し去る方法を探すべきだ。




