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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹@書き専
【Case1】病死したアイドル画家の謎
20/48

【17】



+ + +



 私を呼ぶ声が聞こえる。

 声に導かれ、《魔界》へと足を踏み入れた。

 階段を上ってアトリエへ。

 声は聞こえるが、人の姿はどこにもない。

 私を呼ぶ主はどこにいるのか。

 下の展示スペースかもしれないと思い、踵を返した――その瞬間。

 驚きで後ろに飛び退き、尻もちをついてしまった。

 私の背後に男性が立っていたのだ。

 彼の首には蛇が巻きついている。

 毒々しい紫色の蛇は男性の首を締め上げ、彼の鬱血した頭部に噛みついた――。



+ + +



 普段なら恐怖や不気味さを感じる目覚めだが、悪夢のからくりを知った今は心苦しい。夢の内容からして、吉野さんのスケッチに関係していると想像できる。彼は「モデルにした結果死んでしまうことがある」と言ったが、助かった人などいないに等しいだろう。


 今日は友人と約束があり、その後、春斗くんと《魔界》へ行くことになる。

 昨日のうちにネット上の掲示板をひたすら巡り、天海ルイについて有益な情報をひとつ入手することができた。

 彼の両親が死亡していたのである。

 本人がくも膜下出血で亡くなってから約三ヶ月後のことで、自家用車での単独事故。メディアで大きく取り上げられることはなかったようだ。


「後追い自殺ではないか」という噂も出ていたが、それは掲示板に書き込んでいる人たちの勝手な憶測。ただ、吉野さんの「両親はいない」という発言とは一致する。


 また、天海ルイと同じ中学校だったという人物の書き込みも発見した。真偽は不明だが、投稿者いわく《天海ルイってのは偽名。いつも一人で漫画描いてたけどいつの間にか不登校になって、高校にもたぶん行ってない》とのこと。

 投稿を鵜呑みにすることはできないが、もしかしたら天海ルイは交友関係が狭く、プライベート情報が洩れにくかったのかもしれない。


 午後三時過ぎ、春斗くんとともに歩いて《魔界》を目指した。道中、今朝見た夢と天海ルイの両親の話をしておく。春斗くんは『今日でキリをつけましょう』と気合いたっぷりに宣言した。


『あいつの暴挙を止めて、凛花さんの悪夢も終わりです』

「そんな上手くいくかな……」

『絶対上手くいくって思い込みましょう』

「……そうだね。《魔界》が近付いてきたからスマホしまうよ」


 耳に当てていたスマホをサコッシュにおさめ、《魔界》の門をくぐる。今日も《ご自由にお入りください》の札は掛かっておらず、インターフォンを押した。しかし応答がない。留守のようだ。

 諦めて引き返そうとした直後、ロックを解除する音が聞こえた。半分ほど開いたドアの隙間から吉野さんが覗いている。


「お前たちか。何の用だ?」

「度々すみません。吉野さん宛てに伝言を預かってるんです」

「……よく分からんが、まぁいい。ひとまず上がれ」


 吉野さんは右手に持っていたスマホをジャージのポケットへ突っ込んでいる。通話中だったため応答が遅れたとのことだ。


 私たちが通されたのはアトリエでなく、二階の生活スペース。ローテーブルには今日も灰皿と煙草、スケッチブックと筆記具が置いてある。スケッチブックは開かれた状態だが、鉛筆が一本乗っているだけで何も描かれていない。


 先日と同じようにローテーブルの前に座る。

 私の左側に春斗くん。

 その正面に吉野さんが腰を下ろした。


「今日は何の話だ? さっき〝伝言〟とか言ってたが」

「実は先日、吉野さんのお母さんとお話したんです。『ご飯を受け取ってもらえなかった』と言ってましたよ」


 舌打ちした吉野さんは煙草に火を点けた。

 煙草の箱をテーブルに放り投げ、代わりに灰皿を取っている。


「吉野さん、入院していたと伺いました。『検診と薬はきちんと守るように』というのがお母さんからの伝言です」

「……さっきの電話も病院からだ。母さんには『分かってる』とでも伝えといてくれ。いちいちメールが送られてきて鬱陶しいからな」

「どうしてそんなにお母さんを嫌うんですか? 病気のとき支えてくれたのはご両親だったんじゃないですか?」

「言っとくが、どんなに説得されようがオレは帰らねーぞ? 無駄なことはやめとけ」


 話を逸らしたいようだ。

 春斗くんと目を合わせ、小さく頷いた。

 核心に迫る質問を投げ掛ける合図。


「吉野さん。あなたは本当に人間ですか?」

「……は? 何言ってんだ?」

「言葉どおりの意味です。吉野さんって本当に人間なんですか?」


 再び訊ねると、彼は声を上げて笑い出した。

 吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、息を整えている。


「オレが霊だと言いたいのか? 馬鹿馬鹿しい」

「あなた自身が幽霊とは限りません。たとえば……吉野さんの身体に、誰かの幽霊が憑依しているとか」


 そう口にした途端、彼の顔から笑みが消えた。私の心の内を探ろうとするかのように、すっと目を細めている。春斗くんの予想が的中したかもしれない。



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