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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹@書き専
【Case1】病死したアイドル画家の謎
18/48

【15】



「幽霊が見えるようになったこと、誰にも打ち明けていないんですか? たとえばご両親とか」


 さりげなく家族のことを探ろうと訊ねたが、「両親なんかいねーよ」という素っ気ない言葉が返ってきた。病気や事故で二人とも亡くなっているのだろうか。


 吉野さんはテーブルからスケッチブックを取った。パラパラとめくり、男性のイラストが描かれているページで手を止める。いたって普通の男性の絵かと思いきや、よく見ると首が異常に細い。ロープで無理やり締め上げられている。


「次は立体アートを作ろうと思ってな。アイディアを練ってたところなんだ」

「これにもモデルがいるんですか?」

「あくまでアイディアだ。続きに取り掛かりたいから、そろそろいいか?」

「……はい。お邪魔してすみませんでした」


 結局、大した情報を得ることはできなかった。

 玄関まで見送ってくれた吉野さんに会釈し、ドアが閉まったところで門の外へ出る。

 大通りへ戻る道を歩きながら、陰鬱な気分を溜め息として吐き出した。この先あのアトリエで、男性幽霊が首を絞められることになるのだろうか。もやもやした気持ちを拭うことができないまま、赤信号で足を止める。


「――すみません」


 突如後方から聞こえた声。

 振り返ると、六十代くらいの女性が私を見ていた。間違いない、先ほど吉野さんが迷惑がっていた相手だ。彼女はベージュ色のコートを羽織り、右手に紙袋を提げている。


「後を付けたりしてごめんなさいね。あなた、さっきまで《ギャラリー魔界》にいたでしょう? ホラーアートのファンかしら? それとも(まこと)のお友達……もしかして恋人だったりする?」

「誠って吉野さんのことですか?」

「えぇ、わたしの息子なの」

「そうなんですか? ご両親はいないと伺ったのですが」

「……そう。誠がそんなふうに……」


 女性――吉野さんのお母さんは消え入りそうな声で呟いた。

 吉野さんの「両親がいない」という発言は、離縁を望む意思表示だったのだろう。


 お母さんは手にしている紙袋を広げてくれた。透明のタッパーが複数入っており、煮物や炊き込みご飯などが見える。


「きちんと栄養を摂らせたくて作ってきたんだけど、追い返されちゃったの。『お前の作ったものなんか食いたくない』って」

「……そうでしたか」

「ショックで呆然としちゃってね。どうしようか迷っていたら、あなたがギャラリーへ行くのが見えて……話をしてみたいと思って待ってたの。もし息子とお付き合いしているのなら教えてくれると嬉しいわ。何も口出ししたりしないから」

「いえ、本当にそういう関係ではなくて。私は……ギャラリーのお客さんに近いのかな。吉野さんとはちょっとしたお知り合いみたいなものと言いますか」

「そうなの。よかったら、誠の作品を見た感想を聞かせてくれないかしら」


 どう答えるべきか迷った。

 恐ろしい、不気味、気持ち悪い、残酷……そんな感想しか浮かんでこない。正直に伝えるのは憚られる。そんな私の考えを見透かしたかのように、お母さんはクスッと笑った。


「正直に言ってくれていいのよ?」

「……怖かったです」

「わたしもあなたと同じ……怖いと思ったわ。やっぱりわたしには、あの子の作品を褒めるなんてとても……」


 お母さんは哀しそうに眉を寄せた。

 事情は分からないが、親子間に確執のようなものが存在している気がする。吉野さんと違って、穏やかで優しそうな雰囲気のお母さんだ。詳しい話を聞かせてくれるかもしれない。


「私、今日は吉野さんに返すものがあってギャラリーへ行ったんです。そこでたまたまご両親の話になって……。もしかして吉野さん、反抗期みたいな感じでしょうか」

「そうなのかもしれないわね。あの子は昔から大人しくて、お友達が一人もいなくて。学校がお休みの日は部屋にこもってばかりだったの」

「吉野さん、子供の頃からああいう残酷な絵を描いていたんですか?」

「そんなはずないと思うけれど……。以前はアニメのDVDや人形を集めてばかりいたのよ。一体どんな心境の変化があったのかしらね」


 いわゆるアニメオタクだったのか。

 さっき見た部屋にそれらしい品物は一切なかったが……。


「あんなに不気味なものが素晴らしい芸術だというなら、わたしには一生理解できそうにないわ。どうしてあんな絵ばかり描いているのかしらね。やっと元気になれたのに」

元気になれた(・・・・・・)って、どういうことですか?」

「誠は二年前まで、病気で入院してたのよ」

「病気?」


 私の知らない吉野さんの姿が次々と出てくる。知り合ったばかりなのだから当然だ。幽霊が見えるという共通点がなければ、一生縁がなかったかもしれない間柄でもある。


「無事に退院して半年くらい経った頃、急に家を飛び出してしまったの。アニメのグッズも全部部屋に残したままで、一体どうしたのかと思ったら……」

「ホラーギャラリーを開いていたわけですか」

「そうなの。アニメは好きでも自分でキャラクターを描くのは苦手だったのにね。まさか空き家を借りるほど本気で絵に取り組むなんて――」

「待ってください。怖い絵を描き始めたのが病気後だったわけじゃなく、絵を描き始めたこと自体が、病気のあとだったんですか?」


 つい話を遮ってしまったが、お母さんは嫌な顔をすることなく「そうよ」と返してくれた。

 それにより、ひとつの疑問が生じる。

 吉野さんが天海ルイと関わっていた点に関してだ。


 お母さんによると、吉野さんが病気で入院していたのは二年前。

 そして、ギャラリーを開くために家を出たのが、退院してから約半年後。

 この話を総合すると、吉野さんが絵を描いている期間は最長で一年半だ。正確な退院時期は不明だが、実際はもっと短い期間になるはず。


 天海ルイがくも膜下出血で亡くなったのは二年前だから――吉野さんが絵を描き始めた頃、天海ルイは既に死亡していたことになる。


 元々美術に携わっていたわけではないのに何故、テレビに出演する売れっ子画家と交流があったのだろう。



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