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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹@書き専
【Case1】病死したアイドル画家の謎
13/48

【10】



「一体、何でこんな……」

『分かんないですよ。血だらけで倒れてたのを見付けて、何とかしないとって……』


 女性の頭がぴくりと動き、垂れていた首が徐々に起き上がった。彼女の口から微かな声が発せられる。


『……ま、かい……』


 春斗くんと目を合わせる。

 次の瞬間、女性の身体が四散した。

 それと同時に、春斗くんが持っていたハンカチも消失。彼の手にこびりついていた血液も消えてしまった。まるで夢を見ていたかのように、惨状の形跡はどこにもない。


「今のって……成仏したわけじゃないよね?」

『あんな大怪我して、成仏できたわけないですよ。きっと死んじゃったんです』

「でも幽霊が死ぬ(・・・・・)っておかしくない? 死んだ結果、幽霊になるのであって……なんか矛盾してるって言うか」

『矛盾してるかもしれないけど、やっぱり死んじゃったんだと思います』


 春斗くんは女性がいた場所に向かって両手を合わせた。

 強引さのあるワガママ王子だが、根は優しい人なのだろう。

 彼の想いを汲んで、私も両手を合わせた。


『気になるのは女の人の最期の言葉ですよね。〝まかい〟って、ホラーギャラリー《魔界》のことでしょうか』

「……もしかして、さっきの女性に怪我をさせたのは吉野さん?」


 突飛な考えだとは思う。

 仮に吉野さんの仕業だとしたら、彼には幽霊が見えているということだ。


「ううん、それだけじゃないよね。ただ見えるだけの私と違って、吉野さんは幽霊と接触することが可能って話にもなってくる」

『まったくもう……。何がどうなってるんだ?』


 春斗くんは悔しそうな様子で、くしゃくしゃと頭を掻いた。

 すっかり忘れていたことを思い出し、周囲を見渡す。惨状を目の当たりにしたことで混乱し、当然のように声を出してしまっていたが、端から見れば私は独りなのだ。このまま話を続けるのはまずい。春斗くんにそう伝え、二人でジョギングしながら帰宅した。ローテーブルを挟んで向かい合う。


『俺たちに判別できなかっただけで、実は吉野さんも幽霊だった……ってのは考えられません? 幽霊同士なら相手に触れますよね』

「吉野さんが人間なのは間違いないでしょ? ファミレスにお客さんとして来てたって言ってたじゃん」

『……あ、そのことを失念してました』

「女性の言葉を聞いてホラーギャラリー《魔界》を連想したけど、〝まかい〟という単語だけで結び付けるのは早合点かな……」

『俺、《魔界》へ行ってみますよ。もし吉野さんが関係してるなら、俺の姿だって見えていたはずでしょう? こっちから話し掛けて、どういうことなのか問いただします』

「やめた方がいいよ。春斗くんの身に危険が及ぶ可能性がある」

『それは分かってますけど、苦しんで亡くなった女性のことを思うと放っておけません。こんな気分のまま呑気に作詞活動ってわけにもいかないですよ。真相を解明しないと』


 春斗くんは女性の無念を晴らそうとしている。

 彼が危険な目に遭うかもしれないと思うと……無視はできない。

 私も一緒に行こう。

 と言っても今日はバイトがある。明日の午後で約束を交わし、春斗くんを窓から送り出した。



+ + +



 冷えた身体を温めようとお風呂に浸かった。

 全身を包む心地良さに、ついうとうとしてしまいそうになる。

 しばらく目を閉じていると、妙な臭いが鼻を突いた。

 鉄が錆びたような臭い。

 下を見ると、湯船が真っ赤に染まっていた。

 この臭いと色――間違いない、血だ。

 何故こんなことに。

 訳が分からないまま絶叫し、浴槽から飛び出した。

 何の痛みもない。

 しかし、皮膚がところどころ剥がれ落ちている。

 無惨な光景に戦慄し、意識を失った――。



+ + +



 久々の悪夢だった。

《魔界》へ行く約束をした日に見るとは……やはり私の悪夢は不吉なものを予知しているのだろうか。


 午後一時、春斗くんとともに家を出た。

 ジョギングがてら東公園方面へ。《魔界》の立札前に到着すると、ウインドブレーカーのポケットからスマホを取り出した。これを耳に当てて喋っていればカモフラージュできる。


『小さく住所が書いてありますね。その下、カッコ書きで《山田書店横》ってありますけど』

「聞いたことないなぁ。スマホで調べてみるよ」


 インターネット検索を掛けると、それらしき本屋さんを見付けることができた。現在地から歩いて十五分程度の場所だ。


 スマホの地図を頼りにジョギング再開。

 大通りを横切って脇道へ。

 初めて通る場所、閑静な住宅街といった印象だ。

 何度か角を曲がって歩くうちに、山田書店を発見することができた。その隣に、古めかしい二階建て民家がある。


 ヒビだらけのブロック塀、先端が針のように尖っている鉄門、《horror gallery 魔界》と書かれた看板。真っ黒な玄関のドアには《入館無料 ご自由にお入りください》というプレートが掛かっている。どの窓にもカーテンがなく、怪しげな紋様が描かれていた。良く言えば個性的……率直に言えば悪趣味だ。


 鉄門を開けて塀の中へ踏み込む。

 玄関のドアを引きながら「お邪魔します」と声を掛けてみたものの、返事はなかった。

 玄関先には《靴を履いたままどうぞ》と表示があり、土足で廊下へ。不安感を煽り立てるような、たどたどしい調子のピアノ音楽が流れている。内部はギャラリー用にリノベーションしているようだ。玄関から見える位置には二部屋あるが、どちらにもドアがない。廊下は右側へと曲がっており、その先の様子を窺うことはできなかった。


 家に上がってすぐ、斜め右側には二階へ続く階段がある。《立ち入り禁止》と書かれたボードが設置されており、黒いサンダルが一足揃えられていた。一階が展示場で、二階は自宅兼事務所、もしくはアトリエにでもなっているのだろう。


『誰もいないんですかね?』

「無人なら《ご自由にお入りください》なんて書かないんじゃない?」


 小声で会話しつつ、まずは玄関から一番近い部屋へと踏み込んだ。私の住むワンルームよりずっと広い。壁は全て黒く塗られ、等間隔で額縁が掛けられている。


 一枚目の絵の前に立った瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 山火事をバックに、大木の枝にぶら下がる男性を描いた《吊るし刑》。

 心臓を握られたような緊迫感が襲い掛かってくる。

 それと同時に「まさか」と嫌な予感が膨れ上がった。

 展示された絵を次々と見ていく。


 地面に叩きつけられる少女を上空から捉えた《落下の痕》。

 火だるまとなった男性が表情に苦痛を宿す《獄炎》。

 黒雲の下、全身傷だらけの人々が逃げ惑う《刃の雨》。

 胴体部分が砕けた状態で不気味に(わら)う《破裂する人形》。

 ゾンビのような人間が、毒々しい赤色の湯船に浸かっている《剥離》。

 見覚えのある光景が何枚も存在していた。



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