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第73話:宵野 詠は、宣言をする

「……夜凪さん。私のパフェ、少し溶けちゃいましたけど、甘くて美味しいですよ。はい、あーん」

「そのスプーンを今すぐへし折って、貴女の口の中に致死量のタバスコを流し込んでさしあげますわ!!貴方は絶対にお口を開けてはいけません!!」

「……はい、バチバチの修羅場いただきましたー!詠ちゃん目線こっちお願い!」

 パシャパシャパシャッ

「……糖分と塩分と嫉妬の過剰摂取。……胃が痛くなる構図。しらんけど」


 大学近くにある、少しだけ値段の張る落ち着いた雰囲気のファミリーレストラン。

 その一番奥にある広々とした六人掛けのボックス席で、俺は完全に逃げ場を失い、頭を抱えていた。


 俺の右側では、天ヶ瀬 陽葵がギリギリと歯ぎしりをしている。

 そして通路側、俺の左側には、一眼レフカメラを構えて実況中継モードに入っている辻岡 春香と、無表情でドリンクバーのメロンソーダを啜る美月が陣取っていた。

「(…せ、狭い……)」

 三人掛けのソファに四人で座っている前のテーブルを挟んだ真正面の席には、チョコミント色のアイスが乗ったパフェを優雅に掬いながら、涼しい顔で微笑む宵野 詠。右手で掬ったアイスを頬張り、左手を左頬に添えて「美味しい」と言わんばかりの笑みをこぼしている。


 周囲の客たちは、極上の美少女四人に囲まれて青ざめている俺を、羨望と哀れみが入り混じった目で見ている。


「(……何故、こんなことになってしまったんだ……)」


 冷や汗を流しながら、俺は数時間前の出来事を、遠い目をして振り返っていた。


                ****


 事の発端は、今日の昼下がり。

 午後の講義が休講になった俺は、キャンパスの中庭のベンチで、春香と美月の三人で雑談をしていた。


『へえー!じゃあ、この前の例の件から、チョコミントの詠ちゃんは、夜凪くんの返事を強引に保留にしたのをいいことに、今もガンガン攻めてきてるってわけだ!』

『……陽葵の完全独占市場に、超強力な競合他社が参入。……消費者…湊の心をダイレクトに揺さぶるマーケティング。見事。しらんけど』


 部室でのストーブ密着事件の顛末を話すと、デート現場をバッチリ目撃していた二人は目を輝かせて食いついた。


『いや、面白がらないでくれ。陽葵のやつ、部室にまで俺の監視網を張ってるみたいで、いつ物理的にサークル棟を爆破するかってくらい気が立ってて……俺、最近マジで命の危機を感じてるんだからな』


 俺が心底疲れたように深いため息をついた、まさにその時だった。


『――ふふっ。天ヶ瀬さんなら、本当に爆破しかねませんね』


 背後から、甘く涼しげな声が降ってきた。

 ビクッとして振り返ると、そこにはネイビーのダッフルコートを着た宵野 詠が、首を少し傾けて立っていたのだ。


『よ、宵野!?お前、いつからそこに……』

『ごめんなさい、夜凪さん。通りかかったら私の話が聞こえたので、つい』


 詠は悪びれる様子もなく微笑むと、春香と美月の方へ向き直り、ペコリと綺麗にお辞儀をした。


『初めまして。文学研究会で夜凪さんの同級生をしている、宵野 詠と申します。……いつも夜凪さんのこと、色々と監視していただいているみたいで、ありがとうございます』

『お、おおっ!ついに本物とお近づきに!初めまして、私は辻岡春香!こっちは――』

『……相川。……よろしく』


 春香が興味津々で身を乗り出し、美月がジト目で詠を観察する。

 普通の生徒なら、陽葵の取り巻き(?)であるこの二人に警戒心を抱くはずだが、詠は二人の値踏みするような視線を全く恐れることなく、むしろその状況を楽しむように、ふんわりとした笑みを絶やさなかった。


『辻岡さんに、相川さんですね。お噂はかねがね。……あのプライドの高い天ヶ瀬さんが、唯一気を許している夜凪さんの身内のお二人にご挨拶できて、光栄です』

『おっ、言うねえ!でも詠ちゃん、私たちがあの日カフェの外から全部見てたの、知ってるよね?陽葵ちゃんを本気で怒らせたらこの大学じゃ生きていけないよ?怖くないの?』


 春香の質問に、詠はインナーカラーのターコイズブルーの髪を揺らして、事も無げに答えた。


『怖いですよ。でも……夜凪さんの居心地のいい場所を、あの異常な鎖から解放してあげられるのは、私しかいませんから』


 迷いのない、真っ直ぐな略奪宣言。

 その言葉を聞いた瞬間。春香と美月は、思わず顔を見合わせた。


 実はこの二人も、少し影のあるミステリアスな湊に対して、わずかながら好意を抱いていた時期があったのだ。

 しかし、彼女たちは悟ってしまった。天ヶ瀬 陽葵の、湊に対するあまりにも重く、狂気的で、けれど純粋すぎる『絶対的な愛』を。あんな異常な結界の中に入り込む隙間など、自分たちには到底ないのだと。

 だからこそ二人は、恋愛感情を引っ込めて、一番近くでこのカオスな関係を楽しむ『悪友』というポジションに落ち着いたのだ。


 そんな、自分たちには壊せなかった分厚い防衛線を。

 目の前のチョコミントは、涼しい顔をして真っ向から壊しにかかっている。


『あ、あはは……詠ちゃんって、結構アグレッシブなんだね』

 春香は、かつての自分にはできなかった特攻を仕掛ける詠に、呆れと感嘆が入り混じった笑いをこぼした。


『……陽葵の絶対防衛線を、真正面から突破しようとする剛の者。……優秀なチャレンジャー。しらんけど』

 美月もまた、かつての自分たちと同じように夜凪 湊の引力に惹かれ、しかし自分たちとは違う道を選んだこの同級生を、ジョーカーとして完全に認めていた。


 マズい。三人の間で、静かだがバチバチとした火花が散り始めている。

 俺の野生の勘が警鐘を鳴らした瞬間、中庭の空気が、さらに物理的に5度ほど急降下した。


『――誰が、異常な鎖ですって?』


 地を這うような、絶対零度の声。

 振り返らなくてもわかる。俺たちの背後から、最高級の純白のコートを羽織った聖女が、般若のようなオーラを背負って歩み寄ってきていた。


『ひ、陽葵……!』

『私が委員会の仕事で少し目を離した隙に、また密会していましたの?……学習能力のない方ばかりで、本当に頭痛がしてきますわ』


 陽葵は俺の隣に立つと、持っていた扇子をバシッと閉じ、詠を睨み殺さんばかりの鋭い視線で射抜いた。

 周囲の学生たちが「聖女様がガチギレしてるぞ……」「またあの呪物のせいか……」と蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


『……奇遇ですね、天ヶ瀬さん。私もちょうど、夜凪さんにご挨拶していたところです』

 しかし詠は、陽葵の殺気を真っ向から浴びても、表情一つ変えずに涼しい顔で微笑み返した。


『挨拶?ふざけないでくださいな。この男は、天ヶ瀬家が社会奉仕の一環として特別に管理してやっている『産業廃棄物』ですわ。貴女のような有象無象が、無断で近づいていい汚物ではありませんのよ』


 陽葵が、キャンパス用のいつもの建前を振りかざして牽制する。

 だが、詠はそれを見透かしたように、クスッと小さく吹き出した。


『そうですよね。夜凪さんは、天ヶ瀬家がボランティアで管理する「産業廃棄物」……つまり、誰のものでもない、ただの公共のゴミ。……なら、私がお手伝いとしてこのゴミを拾って、綺麗にリサイクルしてあげても、文句は言われませんよね?』


『なっ……!?』

 陽葵の顔が、怒りと焦りで一瞬にして赤く染まった。

 自分が湊を独占するために張った建前という絶対の防衛線を、見事に逆手にとられたのだ。


『保留期間中の私には、彼を振り向かせるためにアピールする正当な権利があります』


 これで完全に、彼女はただの部活の同級生から、陽葵に並び立つ『明確なライバル』として、このグループ内に強引に立ち位置を確立してしまったのだ。


『き、ききき……きぃぃぃぃっ!!言わせておけば!!あなたが勝手に保留にしてるだけでしょう!誰にも、指一本触れさせませんっ!!』

『あ、陽葵ちゃんストップ!ここで手を出したらキャンパスの皆が見てる前で「聖女が特級呪物を巡って嫉妬で狂った」って特大スキャンダルになるよ!建前が崩壊する!』


 激昂して詠に飛びかかろうとする陽葵を、春香と美月が必死に羽交い締めにして止める。因みに周りの生徒は会話が聞こえにくく、特急呪物の俺が女子生徒にまとわりついてるのを、陽葵が止めようとしている構図に見えている。


 とはいえ校内のど真ん中でこれ以上暴れるわけにもいかず、結局、「この泥棒猫が湊くんに危害を加えないよう、私が最前線で監視しますわ!!」という陽葵の無茶苦茶な理屈により、なぜか詠も含めた全員で、大学近くのファミレスになだれ込むことになったのだった。


                ****


「(……というわけで、現在に至る)」

 俺は心の中で深く長いため息をつき、目の前のカオスな光景を眺めた。


「ほら、夜凪さん。アイスが完全に溶けちゃいますよ。あーん」

「△□✖〰◑♪◈!!(※声にならない怒りの咆哮)」


 詠が差し出すチョコミントパフェのスプーン。

 それを阻止しようと、陽葵が俺の右腕をへし折らんばかりの力で抱きしめ、首を激しく横に振って威嚇している。


「あれ、天ヶ瀬さん。特急呪物さんの腕を触っても平気なのですか?」

 首を軽くかしげながら、微笑みながら、詠はそう言った。

「(煽りがすごいな…)」

 ハッとした陽葵は、腕を離してグルルと肉食動物のように威嚇をした。



「……宵野。気持ちはありがたいが、俺がそれを食ったら、たぶん陽葵がマジでこの店を天ヶ瀬グループの力で買収して俺を出禁にしてくるから、やめとくよ」

「ふふっ。残念です。じゃあ、これは私が美味しくいただきますね」


 詠は、俺に差し出したスプーンをそのまま自分の口に運び、ペロリとアイスを平らげた。挑発的な仕草に、陽葵の限界メーターがさらに跳ね上がる。


「っ……!!今すぐここを出て、VIP室に行きますわよ!あんな色の悪いアイスより、私が最高級のパティシエを呼んで、世界一甘いケーキを直接口移しで食べさせてあげますわ!!」

 ついいつものノリを言ってしまった陽葵が慌てている。

「いや、声デカいって!周りの客が見てるだろ!それに口移しってなんだよ!」


 俺が真っ赤になって陽葵の口を塞ごうとすると、詠が頬杖をつきながら、楽しそうに笑った。


「天ヶ瀬さんって、余裕がないんですね。いい加減事実を言ってくださいよ。……そんなに強く縛り付けないと夜凪さんが離れていっちゃうって、自分でもわかってるからですか?」

「なっ……!貴女、どこまで私をコケにすれば……っ!」


「あーあ、陽葵ちゃん完全にペース握られてるなぁ」

 春香がフライドポテトを齧りながらこぼす。

「……かつての私たちにはできなかった、正面突破の特攻。……詠、恐ろしい子。しらんけど」

 美月もメロンソーダをストローで混ぜながら、まるで極上のエンタメ映画を見るような目でこの修羅場を鑑賞しながら二人で話している。


「お前ら、他人事だと思って楽しんでるだろ!」


 俺は、俺の右に涙目で威嚇してくる我儘な聖女と、正面から涼しい顔で「いつでもその鎖、解いてあげますよ」と甘い毒を吐く同級生。さらには、かつての淡い好意を酒の肴(?)にして修羅場を楽しむ悪友二人を交互に見比べた。


 陽葵の独占市場だった俺の日常に、宵野 詠という異物が、完全に『ライバル枠』として居座ってしまったのだ。


 疲労で胃がキリキリと痛む。

 だが、俺の右から伝わる陽葵の必死な温もりと、それを見て楽しそうに笑う詠、そしてそれを面白がる悪友二人の空気は――どうしようもないほど騒がしくて、どこか居心地の良さを感じてしまう俺も確かに存在していた。


「湊くん!何をデレデレしていますの!私というものがありながら!」

「してない!してないから、腕の肉を抓るな!」


 本格的な冬の到来と共に。

 俺の周りの人間関係は、かつてないほどにカオスな修羅場へと突入していくのだった。

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