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第53話:聖女様は、盗り戻す

「湊……くん……?」

 階下から響いた、空気を震わせるような絶叫。その声に反応し、陽葵は弾かれたように椅子から立ち上がろうとした。しかし、その肩を皇 志遠の冷徹な手が強く押さえつける。


「座っていなさい、陽葵。……どうせ、昨日君を捨てた男が無様に泣きつきに来ただけだ。君が今さらその顔を見る必要はない。また傷つくだけだよ」


 皇は、獲物を逃がさない蛇のような目で陽葵を射抜くと、唇を歪めて微笑んだ。


「……僕が行こう。不法侵入者として、適切に処理してくるよ。君はそこで、新しい未来の準備をしていなさい」


 皇は優雅な所作でジャケットを整えると、部屋を出て、大理石の階段をゆっくりと降りていった。その足音は、まるで死刑執行人のように重く響く。


 一階の広大なホール。そこには夜凪 湊の姿。皇は階段の途中で足を止め、手すりに肘をついて湊を見下ろした。


「おいおい、夜凪湊。僕たちの『取引』は、昨日あんなに円満に終えたじゃないか。……君は家族を守り、僕は陽葵を手に入れる。誰もが救われる、完璧な契約だったはずだ。それを台無しにするほど、君は愚かなのかい?」


 皇の声音には、格下の存在を慈しむような、吐き気を催すほどの余裕があった。だが、湊は顔を上げると、その余裕を真っ向から切り裂くような鋭い視線を返した。


「……やめだ。お前との取引なんて、一秒も成立してねえよ」


 湊の喉から振り絞られた、地を這うような力強い拒絶。その言葉に、皇の顔から完璧な笑顔が剥がれ落ちた。額に青筋が浮かび、目は氷のような殺意を宿す。


「……もう一回言ってみろ。次にお前の口から出てくる言葉次第では、お前の姉上の行く末が決まる。……彼女だけじゃない。君の母親も、住む場所も、すべてが明日には消えてなくなるんだぞ?」


「何度でも言ってやるよ。やめるつってんだ。……お前に指図される筋合いはねえ」


「……っ。ハハ、そうか。そこまで言うなら、望み通りにしてやろう。君と君の家族が路頭に迷う姿を、特等席で見てやるよ」


 皇は激昂しながらポケットからスマホを取り出し、素早い手つきで自身の秘書、あるいは皇家関連の実行部隊へと発信ボタンを押した。湊の家族を社会的に抹殺するための、死の宣告。


 だが――。


「……?……なんだ、これは」


 皇の耳に届くはずの呼び出し音は鳴らなかった。スマホの画面を見れば、アンテナの表示が消え「圏外」の文字が無機質に点滅している。この都心の、ましてや電波対策が完璧なはずの天ヶ瀬邸で、ありえない事態だった。


「圏外……!?馬鹿な、さっきまで繋がって……!」


「……無駄だよ、皇さん。その携帯、今はただの板」


 ホールの陰から、静かな、けれど圧倒的な冷徹さを纏った美月が姿を現した。彼女の手には、見たこともない軍用規格のようなデバイスが握られ、画面には複雑なコードが流れている。


「…君は一体何を……」


「……皇家専用のプライベート回線を、一時的にジャックさせてもらった。……外部との連絡は、現在すべて遮断中。……誰かに電話したかった?残念」


 美月の淡々とした告白に、皇は狼狽え、何度もスマホの再起動を繰り返す。そこに、もう一人の少女が、重厚な革張りのバインダーを抱えて現れた。


「皇 志遠!あんたのやり方、もう通用しないよ!」


 春香が、俺と美月の間に割って入り、バインダーを皇の目の前に突きつけた。そこには、数え切れないほどの文書と、何かのリストがびっしりと印字されていた。


「これ、私のおじいちゃんから届いたプレゼント。……皇グループの不動産が最近強引に進めてる、土地買収の隠蔽工作。それから、あんたが自分の地位を守るためにやってた不適切な接待リスト……。これ、全部本物だよね?」


「なっ……!それをどこで……!」


「辻岡の情報網を舐めないで!これ、今この瞬間にも、うちの系列の放送局と新聞社に送信予約済みなんだから」


 春香は目を爛々と輝かせ、勝利を確信した笑みを浮かべた。

「ねえ、皇さん。このまま私たちに謝って、夜凪くんへの脅迫をすべて取り消す?……それとも、明日の朝刊のトップを飾って、世界に全部バラまかれたい?」


 立場は一瞬で逆転した。絶対的な権力で俺を支配しようとした男は、今や二人の少女が用意した「正義」という名の網に、無様に絡め取られていた。


 皇は顔を真っ青にし、手に持っていたスマホを床に落とした。  俺は、その隙を見逃さなかった。皇を無視し、彼の背後の階段を見上げた。


 そこには、扉を突き破って出てきたであろう、陽葵が立っていた。震える手で手すりを掴み、今起きたすべてを目撃し、愕然としている彼女。


「陽葵!!」


 俺は一歩、また一歩と、自分を縛っていた過去を振り切るように、彼女の元へ階段を駆け上がった。

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