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第52話:聖女様は、諦めた

◇◆◇◆◇


 図書準備室での告白を経て、俺たちは冬の嵐が吹き荒れる校庭へと飛び出した。視界を遮る冷たい風に顔をしかめながら校門まで辿り着くと、そこには一台の黒塗りの高級セダンが、排気口から白い煙を吐き出しながら鎮座していた。


「……っ、また皇か。しつこいんだよ……」

「邪魔ばっかり…!」

 俺と春香は反射的に身構えた。俺は昨日の恐怖が、冷気と共に体中を巡る。だが、美月だけは怯むことなく、むしろ当然のような足取りでその車へと歩み寄っていく。


「おい待てって!」


「……大丈夫。これ、うちのだから」

「え?」


 美月が淡々と告げると、後部座席のドアが音もなく開いた。黒い手袋を嵌めた運転手が、恭しく頭を下げる。

「お嬢様、お迎えにあがりました」


「……お嬢様?お前、本当に何者なんだよ」

 俺の呆然としたツッコミを背に、美月は「……相川美月。しらんけど」とだけ呟き、優雅に車内へと滑り込んだ。

「……湊、春香。乗って。……時間の無駄」


 促されるままに、俺たちは最高級の革の匂いが漂う車内へと乗り込んだ。暖房の効いた室内は驚くほど静かで、さっきまでの嵐が嘘のようだ。だが、俺の心だけは依然として荒れ狂っていた。


「……なあ。陽葵の家に行って、俺は何を言えばいいんだ?あんなに酷いことを言ったのに」

「……謝る。そして、連れ戻す。……それ以外、ない」

 美月は窓の外を見つめたまま答える。その視線は、もはや傍観者のそれではない。


「大丈夫だよ、夜凪くん。私たちは味方だから」

 隣で春香が、俺の手をぎゅっと握り締めた。その手の平は、驚くほど熱かった。

「美月が車を出してくれたんだもん。情報の方は、私の家でなんとかするから」

「え?」


 春香がスマホを取り出し、テキパキと連絡を入れ始める。

「……あ、おじいちゃん?……お願いがあるの。皇家不動産の直近の土地買収トラブル、全部洗い出して。あと、皇 志遠が関わった不適切な接待のリストも。……うん、今ちょっと用事があって出てるから、携帯にデータを送って。……え?『辻岡の情報網を舐めるな』って?あはは、分かってるって。ありがと!」


「……ちょっと待ってくれ。お前も何者なんだ」


  頭を抱えながら言う俺の疑問に、春香はいたずらっぽく笑った。

「うちの実家ね、地方の新聞社と放送局をいくつか経営してるの。いわゆるメディア一族。おじいちゃんは『真実を握る者が一番強い』ってのが口癖で。皇みたいな成金の弱みなんて、うちのアーカイブを探せばいくらでも出てくるんだから!」


「……す…すごいな」

 美月の圧倒的な「財」と、春香の広大な「情報」。俺が一人で絶望していた壁は、二人の手を借りれば、脆く崩れようとしていた。


◇◆◇◆◇


 車は、街の喧騒を離れた高級住宅街――その最奥に位置する、城のような天ヶ瀬邸へと到着した。巨大な鉄製の門の前には、屈強な門番が二人立っている。


「失礼ですが、許可のないお車は――」

 門番が威圧的に近づいてきたが、運転手が窓を開けて一枚のカードを見せると、その顔色が劇的に変わった。


「相川家の……美月お嬢様……!?失礼いたしました!お久しぶりです。どうぞ、お通りください!」

 慌てて門が開かれ、車は広大な庭を抜けて玄関口へと滑り込んだ。


「お前、天ヶ瀬家と張り合うくらいなのか…?いや…天ヶ瀬家の凄さも俺はまだ知らんのだが」

「さぁ、どうだろ。私は春香のおじいちゃんからの連絡を春香と待つから先に行って」


 車が止まり、俺は震える膝を押さえながら外に出た。この屋敷のどこかに、俺が傷つけた少女がいる。そして、その傷口を「愛」という名の毒で塗り固めようとしている皇がいる。


◇◆◇◆◇


 その頃、屋敷の最上階。陽葵の部屋では、すでに支配が完成されようとしていた。


 暗い部屋の中、陽葵は人形のように虚ろな目で皇の腕の中に収まっていた。

「かわいそうな陽葵。……夜凪 湊は、君を捨てた。君の愛を『二度と俺に構うな』と切り捨てた。……でも、僕は違う。僕は君の価値を知っているし、君をこの美しい檻から一生出しはしない」


 皇は、陶酔したように陽葵の髪を撫で、その耳元で勝利の宣言を囁く。


「さあ、この誓約書にサインを。これさえあれば、君の未来は僕が、皇グループが永久に保証しよう。君はもう、傷つく必要はないんだ」


 陽葵の手が、震えながらペンを握る。湊を失った彼女にとって、目の前の男が「救い」なのか「毒」なのかさえ、もう判別がつかなくなっていた。ペン先が紙に触れようとした、その時――。


 一階のホールから、屋敷全体を震わせるような怒鳴り声が響き渡った。


「陽葵――――!!いるんだろ!!迎えに来たぞ!!」


 陽葵の肩が、激しく跳ねた。ありえない。もう届くはずのない、けれど死ぬほど待ち焦がれた「檻の住人」の声だった。

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