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第43話:聖女様の、裏の顔

 図書準備室での思わぬ告白の後、陽葵の独占欲は文字通り臨界点を突破した。


 彼女は湊の過去――亡き愛猫『ましろ』への想いを知り、その深い優しさに触れたことで、もはや湊なしではいられない体質になってしまったのだ。


 だからこそ、彼女の偽装は苛烈を極めた。教室では湊がペンを落としただけで「汚らわしい!」と罵倒し、彼をクラスから徹底的に孤立させる。そうすることで、湊が逃げ込める唯一の場所を、自分の腕の中だけに固定しようとしたのだ。



 そうして季節は流れ、高二の冬休みを迎えた。


 聖鳳高校での最初の冬休みは、陽葵に会うこともなく、静かに過ぎていく。しかし、湊の心には常に、あの裏通りの茂みにいる猫――『こゆき』のことがあった。


『……湊、あんた最近こそこそとどこ行ってるのよ』


 家を出ようとするとリビングで炬燵にミノムシのように潜り、ミカンの皮を剥きながら大学生の湊の姉、夜凪 夏花なつかが声をかけてきた。身長150センチ。小柄かつ童顔で、中学生に間違われることもザラだが、これでもれっきとした姉だ。彼女は湊と一緒に『ましろ』を保護した張本人であり、湊の数少ない理解者でもある。


『……いや、まあ、ちょっと。運動不足解消の散歩だよ』

『ふーん……。にしては…………。何、彼女でもできた?』

『……気のせいだ』


 ニヤつきながら言う鋭い姉の視線をかわし、湊は家を出た。



 そして数日後、()()()の夕暮れ。


 街全体が忙しなく新年を迎える準備を整えるなか、湊はいつも通りあの事故現場の近く、木々が密集する公園の裏の林の茂みへと向かう。


『え、今日も行くの?なに、本当に彼女でもできたの?』


 出かける準備をしている湊に放たれた夏花の言葉を思い出し、苦笑した。彼女なんて、ほど遠い。

 冷たい風が頬を打つ。茂みの奥に隠した発泡スチロールの箱に、湊は買ってきたキャットフードを開けた。


『……こゆき。食べれるか』


 草むらがガサリと揺れ、あの冬の日と変わらない、少し泥の混じった白い毛並みの猫が姿を現した。雨風を凌げるくらいの簡易な小屋からのそりと出てきたこゆきは「みゃー」と短く鳴くと、湊の指に鼻を寄せ、甘えるように頭を擦り付けてくる。


『よしよし。今日は大晦日だからな、ちょっと贅沢なやつだぞ。あと、ほら毛布。新しいの持ってきた。寒いからなこれにくるまって寝るんだぞ。また明日も来るからな』


 湊はこゆきの喉元を優しく撫でた。指先に伝わる小さな命の鼓動。マンション暮らしの湊には、こいつを連れて帰ることはできない。だからせめて、この凍えるような夜を、腹一杯の状態、そして暖かく過ごしてほしかった。


 目を細めてこゆきを見つめる湊の表情は、きっと陽葵が「恋をした」と言った、あの時の顔と同じだった。



 新しい年が明けた。私立 聖鳳高等学校の2年A組の教室は、冬休み明けの浮き足立った空気に包まれている。正月休みの出来事を報告し合う女子たちの笑い声や、久々に顔を合わせた男子たちの騒がしい声。そこには、一年の始まりを祝うような、穏やかで前向きな響きがあった。


 だが、その空気は一人の男子生徒が教室の扉を開けた瞬間、一変する。


 夜凪 湊。彼が足を引きずりながら自分の席へと向かうと、談笑していた生徒たちが一斉に口を閉ざした。まるで冷たい水が流れ込んだかのように、教室の熱が奪われていく。


『――相変わらず、新年早々陰気なオーラを撒き散らしていますのね、夜凪君』


 鋭い鞭のような声が飛んだ。クラスの頂点に君臨する聖女、天ヶ瀬 陽葵だ。彼女は自分の席に座ったまま、湊をゴミを見るような目で見下ろしていた。


『おめでとうくらい、言ったらどうなんですの?……まあ、あなたの不浄な口から発せられる祝福など、誰も望んでいませんけれど』


 罵声を浴びせながらも、陽葵の心臓はうるさいほどに鳴っていた。


『(冬休みの間……ずっと、ずっと会いたかった!湊くん、寒くなかったかしら?あの猫と一緒に風邪を引いていないかしら!?)』


 狂おしいほどの愛着。それを隠すために、彼女の蔑みはより苛烈さを増していく。彼女にとって、冬休みという湊を監視できない空白の期間は恐怖でしかなかった。湊が誰かに見つかっていないか。その優しさに誰かが触れていないか。その不安を打ち消すように、彼女は自らが作り上げた蔑みの檻の強度を確認しなければならなかったのだ。


『……天ヶ瀬。……別に、あんたに何か言われる筋合いはないよ』


 湊の冷めた返答に、周囲は小声でささやき合う。

『また夜凪が反抗してるよ』

『聖女様に口答えするなんて』



『…まぁいいわ…。さあ、夜凪君。早くその汚れた荷物をまとめなさい。図書準備室での奉仕が、今日からまた始まりますのよ!』

『……あぁ』

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