第40話:聖女様たちの結束は強くなる
俺と美月の足音は、もはや他のペアとは異質だった。一歩一歩が重戦車のように地面を捉え、それでいて羽のように軽い。美月の腕が俺の肩をがっちりとホールドし、二人の重心は完全に一つに溶け合っていた。
「な、なんだあの速さは!?」
「夜凪……!相川……!バケモンかよ!」
一組、また一組。前方を行く1年、2年のペアを、まるで止まっているかのように抜き去っていく。 最終コーナー。目の前には、圧倒的なリードを保っていた2年B組の背中。その距離、あと五メートル。
「……湊。……最後。……私に、合わせて。……今!」
美月の鋭い合図と共に、俺たちは肺が張り裂けるようなラストスプリントを仕掛けた。並ぶ。競り合う。相手の驚愕の顔がスローモーションに見える。
そして、ゴールテープの直前――俺たちは最後の一歩を同時に踏み出した。
俺たちの胸が、わずかに先に白線を切った。
「「「うわあああああああ!!」」」
地鳴りのような歓声。地面に倒れ込んだ俺の横で、美月が「……勝った。……湊」と、わずかに頬を染めていた。
その傍らでは、まだ竹内と松田が言い争っていた。
「そもそも竹内が天ヶ瀬さんに変なことを言うから……!」
「うるさい松田!あんたこそ、今まで散々クラスのこと荒らしてきたくせに、人のこと言えないでしょ!」
俺は痛む足に鞭打って立ち上がり、泥を払って、二人の間に割って入った。
「――二人とも、そこまでにしろ」
俺の言葉に、二人が息を呑む。
「竹内。お前が天ヶ瀬を心配してるのは分かったし、俺が関係してるのは謝る。悪かった。でも、今のレースを救ったのは、お前からタスキを繋いだ松田や、最下位でも諦めなかった天ヶ瀬の執念だ。……結果を見てみろ」
掲示板には、二人三脚のポイントによって、3年A組が総合優勝の座に輝いたことが示されていた。竹内は言葉を失い、俯いた。陽葵が静かに彼女の歩み寄る。
「竹内さん。……ごめんなさい。私が、未熟でしたわ。……でも、私は彼を諦めるつもりはありません。……もっと完璧な聖女として、彼を支配してみせますわ。……だから、また私を支えてくれませんか?」
陽葵の、あまりに彼女らしい謝罪と独占宣言。竹内は呆気にとられ、やがて吹き出したように笑い、涙を拭った。
「……っ……。……もう、わかったわよ!!」
竹内が顔を赤くしてそっぽを向く。その様子に、松田も「やれやれ」と肩をすくめた。亀裂は、勝利の熱狂の中で静かに修復されていった。
「……夜凪。……優勝、しちゃったね」
「……ああ。おかげで全身ボロボロだ。誘ってくれてありがとな。楽しかった」
春香が目を腫らしながら笑う。
「そういえば……」
「…なんだ?」
美月は何かに気づいたように語り掛けてきた。
「足…大丈夫…?練習中から気になってたんだけど、なんかたまに顔ひきつってる。怪我してるの?」
「あ…あぁ。前にちょっとな」
「…言ってくれたら他の人に代役任せたのに」
「せっかく、辻岡が誘ってくれて、陽葵も乗り気で。クラスが団結してるところに俺だけ参加しないのはちょっとな」
少し前の俺なら凡そ出ない言葉を並べた。美月は少し驚いたように目を見開き、それからふわりと笑った。
「…変わったね。湊」
するとどこからともなく陽葵が現れた。
「いつまで喋ってるんですの!!ほら、もうペアは解散よ!!物理的接触を解除しなさい!!」
陽葵が、竹内たちとの感動的な和解を秒で終わらせ、鬼の形相で割り込んできた。
「湊の足、怪我してるって…保健室行かなきゃ」
「あら!それなら私が背負いますわ!さあ湊くん、私の背中に……!」
これがいつもの光景として、周りは苦笑いと笑顔に包まれた。
体育祭は終わり、俺を巡る三極の嵐はこの優勝を経てさらに強固な絆という名の鎖へと進化してしまったようだ。
今までの平穏な日常への道は、どうやらまだトラック一周分どころではない距離が残っているらしい。




