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第39話:聖女様の動揺と、亀裂のタスキ

 号砲と共に始まった3年A組の快進撃は、第一走者の秋原・中宮ペアによって盤石なものとなった。サッカー部で鍛えられた彼らの脚力は伊達ではなく、超強豪と言われていた2年B組に次ぐ2位をキープ。土煙を上げながら、完璧なタイミングで第二走者へタスキを繋いだ。


 だが、異変はそこで起きた。


「……ちょっと、松本さん!もっと右に寄ってって言ってるでしょ!」

「寄ってるじゃない!竹内さんこそ、さっきから歩幅がバラバラよ!」


 第二走者の竹内・松本ペアの足並みが、目に見えて乱れていた。大きな歓声が飛び交う会場で、ましてやこの距離で二人が何を話してるのかは分からない。

 陽葵を慕う親衛隊コンビ。しかし、その内情は一枚岩ではなかった。陽葵を純粋に崇拝する松本と、最近の陽葵が夜凪 湊(おれ)という一人の男子に執着し、聖女としての品位を欠いていることに不満を抱く竹内。その積もり積もった感情が、極限の緊張状態で爆発したのだ。


「あんた、最近の天ヶ瀬さんの暴走を肯定しすぎなのよ!あんなの、私たちの憧れた聖女様じゃないわ!」

「陽葵さんが誰を好きになろうと勝手でしょ!私は、陽葵さんが楽しそうならそれでいいの!」


 コース上で言い争う二人のスピードはみるみる落ち、後続のクラスに次々と抜かれていく。2位だった順位は、あっという間に最下位から数えた方が早い位置まで転落した。タスキは春香と高山に渡された。


事情を知らない春香は練習同様に高山を引きずる形で全力で飛び出した。


「な、何をしているのですの、二人とも!」

 待機ゾーンで見ていた陽葵が、たまらず声を荒らげる。ようやく辿り着いた竹内が、悔しさと怒りが混じった瞳で陽葵を射抜いた。


「……天ヶ瀬さん。これ、全部あんたのせいよ。あんたが『夜凪、夜凪』って自分を見失うから、私たちの結束までバラバラになったのよ!」


 投げつけるような言葉。陽葵の表情が凍りつく。竹内は言い返す気もなかった本音を漏らしてしまい、顔を歪めて去っていった。松本は下を向き、うつむいているだけだった。


 そこに追い打ちをかけるように、第三走者の春香と高山が戻ってくる。だが、その光景は悲惨だった。一発逆転を焦った春香たちは、何度も転倒し、高山に至っては半ば意識が飛んでいる。泥だらけになった春香は、ボロボロと涙をこぼしながら陽葵にタスキを差し出した。


「ごめん……天ヶ瀬さん……っ。私、皆のために頑張ろうと思ったのに……っ!」

「……。……」


 最下位。クラス中が「あーあ……」という冷めた空気に包まれる中、陽葵の心は折れかけていた。竹内の言葉が、呪詛のように頭の中で反芻される。


「(私のせい……。私が、湊くんに執着したから、周りが見えなくなって……)」


 暗い影を落としたまま走り出そうとする陽葵の肩を、ペアの松田が強く掴んだ。

「……天ヶ瀬さん。俺たちはまだ、死んでねえ」

「松田くん……?」

「生きてる限り、やり直しはきく。……あんたが俺に教えてくれたことだろ。行こう」


 松田の死に物狂いの加速。陽葵は竹内の言葉を振り切るように、無我夢中で脚を動かした。順位は一つ上げたものの、依然として絶望的な距離。そして、タスキは最終走者の俺と美月へと渡される。


 震える手でタスキを渡そうとする陽葵の目は、今にも泣き出しそうだった。俺はタスキを受け取ると同時、空いた左手で、汗と泥で乱れた彼女の頭をポンと叩いた。


「――よくやった。あとは俺に任せろ」


「……っ、湊、くん……」


 陽葵が目を見開く。その瞬間、俺と美月の精密機械が起動した。隣で美月が、無機質ながらも確かな殺気を孕んだ声で囁く。


「……湊。全員、轢き殺すよ。しらんけど」


「ああ」


 爆発的な加速。俺たちの逆襲のラスト一周が始まった。

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