第38話:聖女様たち、号砲のとき
◇◆◇◆◇
体育祭当日。雲一つない秋晴れの下、グラウンドには日本国旗、そしてうちの高校である「私立 聖鳳高等学校」の学校旗がなびき、学園は異様な熱気に包まれていた。スピーカーからはアップテンポな行進曲が流れ、生徒たちの興奮を煽っている。
開会式。壇上にスッと一人の少女が現れた瞬間、騒がしかったグラウンドが水を打ったように静まり返った。天ヶ瀬 陽葵だ。
「宣誓。私たちはスポーツマンシップに則り、日頃の鍛錬の成果を遺憾なく発揮し、正々堂々と戦い抜くことを誓います」
凛とした声、気品溢れる立ち振る舞い。そこには、雨樋を伝って飛び降り、説教から逃げたり、トングや多種多様な武器を構えたり、「外来種」や「除菌」などという言葉を連呼したりする狂気は微塵も感じられない。彼女に差し込む日差しを反射する長い髪と、一点の曇りもない微笑み。その神々しさに、他クラスの生徒たちからは感嘆の溜息が漏れ、保護者席からも大きな拍手が沸き起こる。
「(……やっぱり、ああしてると凄まじいな、あいつ)」
クラスの列に並びながら、俺は不覚にも見惚れていた。普段の異常な独占欲や、自分に対してだけ見せる剥き出しの感情を知っているからこそ、完璧に聖女を演じ切り、数百人の視線を一手に集める彼女のカリスマ性には、純粋に畏敬の念を抱かざるを得ない。俺は改めて、天ヶ瀬 陽葵という少女が本来持っている光の圧倒的な強さを再認識していた。
◇◆◇◆◇
午前中の競技が終わり、昼休みを挟んで、いよいよ本日のメインイベントの一つ、クラス対抗「二人三脚リレー」の招集がかかった。ルールはシンプルだ。各クラスから二名一組のペアが五組、計十名が選出される。一人一周、バトンではなくタスキをかけ、肩を組んで、それぞれの右足と左を結んだ状態での全力疾走でトラックを繋ぐ。
我が3年A組の出走順は、練習を経て以下の布陣に決定していた。
第一走者:秋原・中宮(松田の元取り巻きコンビ)
第二走者:竹内・松本(陽葵の親衛隊コンビ)
第三走者:辻岡 春香・高山(暴走闘牛ペア)
第四走者:天ヶ瀬 陽葵・松田(王と家来ペア)
アンカー:夜凪 湊・相川 美月(精密機械アンカー)
第一走者の秋原と中宮が、スタートラインで足首を縛りながら談笑している。かつて松田と共にクラスを威圧していた彼らだが、あの一件での松田の謝罪、春香の言葉、そして泥だらけになって練習したあの日を経て、クラスとの溝は埋まっていた。今では「俺たちが流れを作るからな!」と意気込む、頼もしい先鋒だ。
第二走者の竹内と松本は、校内で陽葵が俺たち以外と行動を共にする数少ない友人と呼べる存在だ。陽葵は聖女様と慕われるため、いわゆる友人という存在は決して多くない。
彼女たちは陽葵への忠誠心がとても厚い。練習の時のその足並みも「聖女様のために!」という一念で驚くほど揃っていた。
「夜凪くん。……見ていなさい。私たちが繋いだ最高の形を、最後に貴方が汚すことなど万に一つも許しませんわ」
陽葵が、隣の松田を指先で威圧しながら俺を睨む。その目は「なぜアンカーの隣が私じゃないのですか」という不満で燃え上がっている。
「いや、俺がアンカーなのは美月のじゃんけんのせいだろ……。というか松田、生きてるか?」
「……ああ。……今の俺なら、天ヶ瀬さんの気迫(殺気)だけで、足が複雑骨折してても時速四十キロ出せる気がするよ……」
松田の目は、すでに現世のそれではない。追い詰められた人間の底力が、アジサイ色の顔色から滲み出ていた。
そして、俺、とその隣。
「……湊。準備、いい?紐、さっきより一段階きつくした」
美月が、いつもの無機質な手つきで俺の右足と自分の左足をナイロン紐で縛り上げる。彼女の瞳にはクラスの優勝への意志よりも、俺を物理的に独占し、周り(主に対象は二人)の反応を楽しむ愉悦が透けて見えた。
「ちょっと二人とも!私たちだって負けないんだからね!」
第三走者の春香が、ペアの高山を引きずらんばかりの勢いで叫ぶ。
「私が繋ぐから、待ってて!」
「おい辻岡!紐、食い込んでるって!痛いって!」
ピィィィーーーッ!!審判の笛が鳴り響き、第一走者の秋原・中宮が飛び出した。




