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第35話:聖女様は、敵を味方にし味方を敵にする

 体育祭の練習初日。グラウンドは、同学年の各クラスから集まった生徒たちの熱気と、あちこちで転倒する不慣れな悲鳴に包まれていた。


「……湊。紐、結んだ。……きつくない?痛かったら言って。私、痛いから」

「痛いなら緩めろよ。俺はちょうどいい。……というか、お前なんでそんなに真剣なんだよ」


 俺の右足と美月の左足は、幅広のナイロン紐でがっちりと固定されていた。美月はいつもの無表情だが、その目はどこか高度な思考に挑む哲学者のような鋭さを帯びている。


「……湊。私の呼吸に合わせて。……右、左、右……。そう、いい感じ。今、私たちの脳波が共鳴してる。……多分。しらんけど」


 その発言に恐怖におびえてた俺だが、驚くべきことが起きた。歩き始めた俺たちは、一度も足をもつれさせることなく、滑るように加速していった。美月の歩幅は正確無比で、俺が少し重心を崩せば、彼女が完璧なタイミングでそれを補正する。まるで二人で一つの生命体になったかのような、異常なまでのシンクロ率。


「は?なにあのスピード」

「……え、待って。あの二人、速すぎない?」

「夜凪と相川、一回も止まってねーぞ……。あいつら、テレパシーでも使ってんのか?」


 クラスメイトたちが呆然と見守る中、俺たちはグラウンドの直線コースを爆走していた。美月の無機質な走りが、俺のリズムを強制的に最適化していく。


 だが、その背後から、地響きのような不穏な足音が迫ってきた。


「――逃がしませんわよ、夜凪くん!!」


 猛烈な土煙を上げて追いすがってくる影が一つ。足を紅白のハチマキで繋いだ、異色のペア。天ヶ瀬 陽葵と、そして――あの松田だった。


「なっ……松田!?なんでお前が……!」

「……っ、ハァ、ハァ……!夜凪、悪く思うなよ!俺は天ヶ瀬さんに……『罪滅ぼしに私のエンジンになりなさい』って命令されたんだ……!」

「自慢げに言うことかよ……」


 松田の顔色は、ありえないくらい真っ青だ。それはもう顔面蒼白を通り越して、国営ひたち海浜公園のネモフィラ畑のように鮮やかなブルーだ。どれほど脅されたのかが手に取るように分かる。隣を走る陽葵の鬼気迫る気迫に当てられ、死に物狂いで脚を動かしているのだ。


「松田ぁ!もっと脚を上げなさい!貴方の役目は、私が転ばないように支え、かつ最高速度で彼らを追尾することですわ!追いつけないなら、そのアキレス腱をピアノ線に変えて差し上げますわよ!」

「ヒィィッ!わ、わかった、わかったから……!」


 陽葵の恐怖による強制同期が、松田に限界を超えたポテンシャルを発揮させていた。聖女の怒りは、一度折れたはずの松田の牙を強引に走るためだけの脚へと作り替えていたのだ。


「……追い抜かれる。……湊、加速して。……天ヶ瀬さん、本気で火を噴きそう」

 美月が、珍しく焦りの色を見せて俺の腰を引き寄せる。


「……ちょっと二人とも待ってよー!!」

 さらに後ろから、謎の相方と猛追してくる春香の姿があった。


「お…お前…!」

 松田が、春香のペアの相手を見て叫ぶ。失墜前の松田の取り巻きの一人、高山だ。ただし、春香の猪突猛進具合に、引っ張られている…というより引きずられているという表現の方が正しいかもしれない。


「い…いでで…!ち、ちょっと辻岡!痛ぇって!」

「高山ァ!邪魔すんな!!」

 痛がり声をあげる高山に松田が言い返す。

「うるせぇ松田!お前こそ止まれ!俺はお前の巻き添えなんだよ!」


「夜凪、美月!!私だけペアが見つからなかったからって、置いていかないで!私だって、この……!片山くんとトップ目指すんだから!」

「た、高山な」

 名前すら覚えられていない高山の訂正は、春香の加速による風切り音にかき消された。

 

「…ハァ…ハァ……。み…美月。なんか色んな厄災が来てる」

「わ、分かってる。大丈夫だから」

 トップを走る俺たちも体力の限界がきていた。


 グラウンドの最終直線。精密機械のように走る湊&美月。恐怖の強制駆動で迫る陽葵&松田。そして、闘牛のようにルール無用で進む春香(&高山)。


「(……なんでこうなった)」


 俺は、隣で必死に呼吸を合わせる美月の体温を感じながら、後方から迫る陽葵の「ギギギギ」という不気味な声に震えた。体育祭の練習。それは、クラスの親睦を深めることが目的などではなく、男子生徒を生贄としたデス・レースへと変貌していた。

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