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第33話:聖女様は、勝利の女神様に敗れる

 体育祭の種目決め。それは本来、クラスの団結をより高めるための爽やかなプロセスであるはずだ。だが、俺の目の前で繰り広げられているのは、まるで領土問題を抱えた二つの国家が、一つの『()』を巡って開戦前夜の火花を散らしているような光景だった。


「三人一組なんて、冗談じゃありませんわ!湊くんの左脚は私のもの、右脚も私のもの。そこに余分な外来種の脚が入り込む余地など一ミリもございません!」


 陽葵が、俺と自分の手首を繋いだ紅白ハチマキを、血管が浮くほど強く引き寄せる。

「それは私のセリフだよ天ヶ瀬さん!夜凪を真ん中にしたら、両側から引っ張られて夜凪がパズルみたいにバラバラになっちゃうでしょ!私は、夜凪と一緒に同じリズムで走りたいだけなの!」


 二人の視線が、バチバチと音を立てて衝突する。体感気温が上昇している気がする。

「……話が平行線だね。不毛すぎる」

 美月が、飽きたようにスマホから目を離さずに言い放った。


「な……!だったらどうしろと言うのですの!」

「もう、こうなったら…。…正々堂々、勝負だよ!」

 春香が拳を握り、陽葵に突きつけた。


「勝負……?ふん、面白いですわ。夜凪くんの隣という聖域を賭けて、私に挑もうというのですか。いいでしょう。どのような競技で決着をつけますの?記述式の試験?ピアノの旋律?それとも、誰が一番夜凪くんを清潔に管理できるか競いましょうか?」

「そんなの全部天ヶ瀬さんが有利じゃん!……これだよ、これ!日本古来の、運命を決める神事――『じゃんけん』!」


 春香の提案に、陽葵が眉をひそめる。


「……じゃんけん?そんな、確率論に支配された不確定要素の強い遊戯で、私の夜凪くんの行方を決めろと?」

「運も実力のうちだよ!文句ないでしょ!」

「……ふふ、いいでしょう。聖女の加護を受けた私の運命力が、あなたの無鉄砲な野生の運に負けるはずがありませんわ。受けて立ちます」


 二人が向き合う。春香は右腕を大きく振りかぶり、陽葵は優雅に、しかし指先まで殺気を込めて構えた。


「行くよ……!じゃーん、けーん……!」


「「ポンッ!」」


 二人の拳が突き出された瞬間。俺たちの目の前に、もう一つの『()』がぬっと割り込んできた。それは、今まで無関心を装っていた美月の手だった。


 春香:パー  陽葵:パー  美月:チョキ


 一瞬、時が止まった。


「……あ」

 美月が、無機質な声で短く呟く。


「……勝ち。……なんか、勝っちゃった」

 美月は出したチョキの手を、勝利のVサインとして両手で掲げ、誇らしげに皆に向けて振っている。


「「…………はあああああああ!?」」


「ちょっと美月!なんで参加してんの!」

「そうですわ!これは私と、そこの外来種の聖戦だったはずですわ!割り込むなんて規約違反です!」


「……え、別に。二人ともじゃんけんって言っただけで、誰とやるか限定してなかったし。……たまたま、私の脳が『今、出すべきだ』と判断した。……二人三脚、夜凪のパートナーは私ということで。……よろしく。しらんけど」


 美月はひょいと俺の右腕を掴むと、まるで戦利品でも確認するかのように俺の肩に頭を寄せ、普段からは想像もつかない艶めかしい声色で言った。

「…ねぇ…夜凪。……私、二人三脚って初めて。……足並みが揃わないときは、あなたの責任ね」

「「ちょっとなにしてんの!!」」

 陽葵と春香はハモりながら、俺にひっつく美月を引きはがした。


「おい、勝手に決めるな。……というか、お前こういうの面倒くさがってただろ」


「……状況が変わった。……この二人と三人一組になったら、練習中にあなたが左右に引き裂かれて、私の面白い観察対象が損壊する。……それは困る。……だから、私が緩衝材になる。……合理的でしょ?しらんけど」


 美月の淡々とした、しかし有無を言わせぬ論理。だが、敗北した二人がそれを許すはずもなかった。


「認めません!認めませんわよ!相川さん、今のは無効です!もう一度、もう一度やり直しなさい!」

 陽葵が短剣(プラスチック製)を振り回して美月に詰め寄るが、美月はそれをマタドールのようにヒラリとかわす。

「……審判はいない。……勝負は一度きり。……あ、もう名簿にボールペンで『夜凪・相川』って書いちゃった」

「早すぎるよ美月ー!返して、そのプリント返してぇ!」


 春香が美月に飛びかかるが、美月は俺を盾にするようにくるりと回り込む。


「……夜凪。……二人で、一位を目指そう。……練習、今日から毎日やる?……天ヶ瀬さんの家の前とかでやったら、いい刺激になるかも」


「「やめてぇぇぇぇ!!」」


 その場が二人の悲鳴に包まれる中、美月は俺の耳元で「……夜凪。このノリ、結構面白いね」と、普段真顔の美月だが、少し楽しそうに笑顔を浮かべていた。


 俺の二人三脚のパートナーは、学園で最も何を考えているか分からない少女に決まった。左右から睨みつける聖女と光の視線が痛い。体育祭当日まで、俺の脚が無事で済む保証は、どこにもなかった。

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