第23話:聖女様と、修羅の場は再燃する
さっきまでのしおらしい、感謝に満ちた聖女様の面影は、もはや素粒子レベルで消滅していた。陽葵の背後から、物理的な火柱が見えるほどのどす黒いオーラが立ち昇る。
「…………今、何と言いましたの?夜凪くん」
ニコニコと笑いながら掴んでいた俺の袖を、陽葵が引きちぎらんばかりの力で握りしめる。指が白く震えているのは、悲しみではなく純粋な殺意のせいだ。
「ああ。だから、さっき辻岡から誘われたんだ。覆面小説家の『ミナト』のファンらしくてさ。それ俺なんだ。って話したら、新作の資料集めに付き合ってくれるって。相川も来るらしいし」
「びっくりだよねー!まさか夜凪が『ミナト』先生だったなんて!私は『学校一の美少女が、なぜか「冴えない俺」にだけ家のおかずをお裾分けしてくる件』が結構好き!」
「まぁ確かにあの文体は夜凪っぽいよね。黒板に書いてた文面の雰囲気とかも。しらんけど」
「……資料……集め……?辻岡さんと、相川さんと……?なんであなた自ら正体をバラしてるの?あなたをバラしますわよ。覆面の意味分かってるの?私が、不当な停学処分で、血を吐くような思いで自宅謹慎をするというのに……女二人携えてお外でランデブーをなさると……?」
「ランデブーじゃねぇよ。ただの資料集めだ」
「同じですわ!!」
陽葵が勢いよく立ち上がり、パイプ椅子を蹴倒しながら机をガタァッ!と叩いた。俺と春香は、そのあまりの覇気に一歩後ずさった。その形相は、天界から堕天し、地獄の底を見て、そこから素手で壁を登って這い上がってきた復讐鬼そのものだ。エレベーターのように感情が乱高下している。
「辻岡さん!先ほどの感謝は、今の瞬間に全て取り消しますわ!恩を仇で返すとはこのことですのね!隙あらば私の檻から彼を連れ出そうとする……やはり、あなたは除菌、いえ、消滅させるべき害獣でしたわ!!」
「ひどいよ天ヶ瀬さん!私たち、ただ力になりたいって――」
春香の発言に被せるように俺は言った。
「言ってることめちゃくちゃだろ。恩を仇で返してるのはお前だろ!」
「黙りなさい!私がいない間に夜凪くんに近づく女は、例え神様であっても許しませんわ!夜凪くん、明日あなたは家から一歩も出して差し上げません!私が玄関の前にバリケードを築いて、一夜城を築いて、全裸で、いいえ、全身全霊で阻止して差し上げますわ!」
「(……もはや自分でも何を言ってるか分かってないだろ)」
「……てかさ。夜凪。これ、明日行かない方が安全なんじゃない?天ヶ瀬さん、たぶん明日、夜凪の家の前で『AKM(本物)』とか構えてそう。しらんけど」
美月が冷静に、かつ最も恐ろしい可能性を指摘した。
「させません……絶対に、させませんわ……!湊くんは私の、私だけの更生対象……!お外の光なんて、浴びさせませんわ……!!」
ブツブツと呪詛を吐きながら、陽葵はどこからか取り出した南京錠をカチカチと鳴らし始めた。もはや感謝も友情も、独占欲という名の業火によって一瞬で灰になった。
「いや、行こう。資料集めは大事なんだ」
「やったー!」
「了解」
「絶対に行かせませんわ!!地球を粉末にしてでも阻止してみせますわ!」
1対3の構図に分かれることになった。俺は自信満々に行こうと言い放ったものの、明日の資料集めを五体満足で生き延びられる自信は、正直一ミリもなかった。




