第21話:聖女様の落日、泥濘の救世主
登校した瞬間に感じたのは、暴力的なまでの視線の温度変化だった。
「おい、見たかよ掲示板……。天ヶ瀬さん、停学だって」
「動画見た?なんか銃のおもちゃとか木刀持って叫んでたの、マジであの聖女様かよ……」
「夜凪みたいなのとつるんでるから、頭おかしくなったんじゃね?」
つい昨日まで陽葵を崇拝していたクラスメイトたちが、手のひらを返して嘲笑と蔑みを浴びせている。教室の隅、陽葵は自分の席で壊れた人形のように項垂れていた。その手は、隠そうとしても隠しきれないほど震えている。
「あーあ、がっかり。やっぱり夜凪の『不浄』が移ったんだな。天ヶ瀬さん、もう俺たちの代表面しないでよ」
昨日まで彼女に媚を売っていた男子生徒の一人が、心ない言葉を投げつけた。
その時――。
「ちょっと! みんな、言い過ぎだよ!」
教室に響き渡る凛とした声。春香だ。彼女は陽葵の机の前に立ち、クラス全体を真っ向から見据えた。
「辻岡さん…」
目に薄く涙を浮かべながら陽葵は呟いた。美月は相変わらずスマホをいじっている。
「天ヶ瀬さんは、夜凪のことを一生懸命……その、管理しようとしてただけでしょ! 昨日のことだって、私たちが無理に観覧車に乗ったからで、天ヶ瀬さんは悪くないよ!」
「はぁ? 何言ってんだよ辻岡。お前、そいつに木刀向けられてただろ? 動画に映ってたぞ。なんで庇うんだよ」
「それは……そうだけど!でも、一生懸命な人を笑うのは間違ってる!」
春香の必死の弁護。だが、多勢に無勢だ。「お前も夜凪に毒されたのか?」という野次が飛び始め、春香が言葉に詰まったその瞬間。
「……うるさい。もう黙れよモブ共」
俺は、カバンを机に叩きつけ、陽葵と春香の前へ歩み出た。死んだ魚の目のまま、陽葵を嘲笑っていた連中を一人ずつ、射殺せんばかりの冷徹な視線で射抜く。
「……夜凪、お前……!」
松田が続けて発言をしようとしたところに俺は被せて言い放った。
「天ヶ瀬が狂った?辻岡が毒された? 違う。こいつらをこんな風に、この地獄に引き摺り込んだのは俺だ。全部、俺が仕向けたんだよ。こいつに武器を持たせたのも、錯乱させたのも、観覧車に乗ったのも全部俺がきっかけなんだよ」
「(湊くんやめて、もういいから。お願い)」
「(夜凪……)」
「こいつらは、俺というクズを更生させようとして、逆に俺の闇に染まった犠牲者だ。……文句があるなら、聖女様や辻岡を汚した俺に言えよ。それとも何だ?武器も持ってない俺にすら、面と向かって何も言えないのか?」
「やっぱ夜凪って頭おかしいわ」
「関わんねー方がいいな」
そんな声が聞こえる。
圧倒的ヴィラン。俺がすべてのヘイトを自分に集めることで、陽葵や辻岡に向けられていた矛先を無理やり俺へと向けさせる。好感度なんてぶっちゃけどうでもいい。陽葵だから、春香だから助けたい訳でもない。これは全部善意で動いていない言動だ。
「もういいから、湊くん」
蚊の鳴くような声で陽葵は言う。
「喋るな。お前はただ、俺に毒された『可哀想な聖女様』でいろ」
「気色悪いんだよお前」
軽く陽葵の方を向いていた俺は松田が俺を殴ろうとしたことに気が付かなかったそこに、パンと乾いた音が響いた。美月が教卓を叩いた音だ。教室の時が止まる。松田の拳は俺の顔の数センチ手前で止まった。
「……てかさ。みんな、昨日まで天ヶ瀬さんのこと『様』付けで呼んでなかった? ネットの動画一本で、背景も何も知らないのによくそこまで他人のこと叩けるよね。ほんっとくだらない。恥ずかしくないの?みんなの考え方なんてしらんけど」
美月の温度の低い、だが確実な一撃。教室はさらに静まり返る。美月は視線を松田に切り替えて言った。
「あとさ、この動画。拡散元のアカウント、もう特定したよ。ね、松田?自分が撮ったって自慢してたの、録音もしてあるけど。これ、学園の処罰対象、天ヶ瀬さんだけじゃなくなるね」
「なっ……! て、テメェ、相川……!」
松田が顔を真っ赤にして、殴りかかる対象を俺から美月に変えた。さすがに驚いた美月だが、その手が美月に触れる前に俺は松田の腕をつかんでいた。
「松田、それはだめだろ」
そう呟くと同時に担任が入ってきて事件は収束した。
春香の光のような反論、美月の無関心な闇による冷徹な援護射撃によって陽葵への被害は最小限で済んだ。
陽葵は俺のシャツを掴み、人目も憚らず泣きじゃくった。聖女の仮面は完全に割れた。だが、その下に現れたのは、誰よりも脆い一人の少女の素顔だった。




